――テニス部大会当日。
は昨夜作った差し入れのレモンの砂糖漬けを持って朝早く家を出た。
「おっ早いじゃん」
バス停に向かう途中で声をかけられた。
「あっおはようございます桃城先輩」
は声の方を振り返り、笑って挨拶をした。
「…だから桃ちゃんでいいって」
「でも〜」
「敬語も止めろよな」
「むぅ〜そんなんできるわけないじゃないですかっ。先輩相手に」
「じゃ、先輩命令ってことで敬語はやめろ。それにここは学校じゃねぇだろ?」
「ん〜…じゃ、おはよう、桃ちゃん」
「おう」
桃城は自転車に乗ったままにっと笑った。
の歩調に合わせてゆっくりと自転車をこぐ。
「随分早いじゃん」
「まぁね。桃ちゃんこそ随分早いんじゃない?いつも朝練遅刻ぎりぎりなのに」
の物言いに桃城は苦笑する。
少々きついことを言っているが、本人に悪気が全くないことを知っているのであえてそこはつっこむことを止める。
「あぁ、越前の奴を迎えに行ってやらねぇと行けないからな。…あっ越前って知ってるか?越前リョーマ。今年うちの部に入った奴なんだけど」
ちらっとの方を見る桃城。
「あぁ。1年2組のリョーマ君でしょ?知ってるよ。2組とは体育一緒だし、有名だもん。テニス部期待の1年ルーキーって」
うんうん、と頷きながら答える。
「へぇ〜…アイツがねぇ」
「人気もあるんだよ。なんかカッコイイってみんな騒いでた。1年女子有志のファンクラブがあるんだって。うちのクラスの子が会長なんだってさ」
桃城の目線が少し遠くに向けられた。
「…あ〜、あの子かぁ〜…そういや、そんなこと言ってたなぁ〜」
「桃ちゃん朋ちゃんのこと知ってるの?」
「まぁな」
「へぇ〜。じゃファンクラブってのは本当だったんだねぇ。なんかね、テニス部ってかっこいい人が多いんだってさ。他にも手塚先輩とか、大石先輩とか、不二先輩とかよく騒がれてる…あっ桃ちゃんも意外に人気あるんだよ。ビックリした」
「そいつは…」
ありがたいねぇ〜と桃城は笑う。
その顔は嬉しそう、というより苦笑に近いものでは少し首をかしげた。
「嬉しくないの?」
「ん〜…まぁ嬉しいちゃぁ嬉しいんだけどよ…」
いつになく歯切れの悪い桃城。
桃ちゃんならマジかよっモテる男は辛いねぇ〜とか言って絶対喜ぶと思ったのになぁ。
そんなことを考えながらは桃城の顔をまじまじと見つける。
桃城はその視線から居心地悪そうに視線をそらした。
「なぁ……だ?」
桃城の小さな呟き。
「ん?何?」
なぁ、の次の言葉が聞き取れずは聞き返す。
桃城はちらっとの方を見たがすぐにその視線をそらした。
「あ〜あのさ…って、やっぱいいわ」
何かを言いかけて途中で止める桃城。
の顔がぷぅっと膨れた。
「何?途中で止められたら。気になるじゃん。言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
「だから何でもねぇって」
ますます眉をしかめると苦笑する桃城。
歩調を早める。
桃城もそれについていくため自転車の速度をほんの少し上げた。
2人はどちらも言葉を発せずただたんたんと道を進む。
「ん、じゃ俺行くわ。応援、忘れるなよ」
バス停の1つ前の角で桃城がようやく口を開いた。
「うん…あ〜…さっきはごめんね。何かきついいいか足しちゃって」
「いや、俺の方こそ悪かったな。」
ようやく2人は笑顔をかわす。
「あのさ、桃ちゃんが言いたくなったときでいいからさ、また話してよ。悩みでも何でも聞いたげるからさ」
溜め込むのは身体によくないよ、とは言葉を続けた。
「…あぁ」
歯切れ悪く、それでも頷いた桃城。
「ん、じゃ、また後で。頑張ってね。桃ちゃん」
はにっこりと笑った。
「おう」
いつもの笑顔で桃城はに笑い、ペダルを強くこぎ始めた。
見る見るうちにとの距離が広がっていく。
はその背中に小さく息を吐くと、再び十数メートル先のバス停へと歩き出した。
■戻■