「杏ちゃんっ」
そんな和やかな雰囲気をさえぎる一声。
少女たちは声がしたほうを振り返る。
と、と少女の間に声の主が割って入ってきた。
はベンチに座っていられず立ち上がる。
入ってきたのは先ほどまで試合をしていた少年。
どうやら、少女にルール説明してもらっている間に一試合終わったらしい。
「…こいつは?」
明らかに敵意のある視線。
初対面の相手にいきなりそんな視線を投げられては内心むっとした。
もちろん、表にはそんなことは出さなかったが。
「今日のパートナー」
少年との間に流れる空気を気にする様子もなく少女はにっこりと笑ってそういった。
その言葉にさらに不機嫌そうになる少年。
彼に思いっきり睨まれる。
しかし、はそんな少年の様子など見てはいなかった。
「杏、さん?」
少女を指差し、が尋ねる。
「そ、杏。橘杏」
にっこりと微笑む少女――。
彼女の名前は橘杏というらしい。
「そうですかぁ。よろしくおねがいします、杏さん」
杏の笑顔にも笑顔を返す。
「こちらこそ。えっとあなた…」
「だー気安く呼ぶなっ」
再び2人の間に入ってくる少年。
「杏ちゃん、こんなヤツと組むの止めなって」
杏の方を向き直り一気にそういう少年。
「…こんなヤツ」
彼の言葉を反芻しつつ口元に引きつった笑みを浮かべる。
「だって今日私パートナーいないもの」
そうけろりと言う杏。
「だったら俺が…」
「伊武君がいるでしょ」
にっこり返す杏。
少年は言葉に詰まる。
「だったら、深司がそいつと…」
「へぇ…」
少年の言葉は途中でさえぎられた。
が声のほうを振り向くと、いつも間にかの横にさらさらと髪の綺麗な少年が立っていた。
「…俺に見ず知らずの奴と組めっていうんだ。自分がそいつと組めばいいのに、俺に組めって言うんだ。自分が杏ちゃんと組みたいからって俺に犠牲になれって言うんだ。ふ〜ん…、そうだよね、神尾ってそういう友達がいのないヤツだよね。分かってたけどさ。だいたいさ…」
は何が起こったかわからずぽかんとぼやき始めた少年の顔を見る。
先ほどまでに食って掛かっていた少年――おそらく話の流れから神尾というのだろう――はブツブツと言葉を発する彼を前に力が抜け落ちたように座り込んでしまっているのが視界の隅に映った。
新たに現れた少年――こちらはおそらく伊武深司、だ――はぶつぶつと神尾に言葉の雨を途切れることなく降らせて続けている。
杏はそれを見てとめることなく微笑んでいる、ということはコレがいつもの彼らの風景なのだろう。
何となく、彼らの人間関係を垣間見たような気がしては苦笑を浮かべる。
同時に神尾という少年に、先ほどの怒りを忘れ、同情を覚えてしまう。
『…なかなか報われにくいタイプの人間だよね』
そんなことを思いつつ。
「楽しいでしょ?」
じっとそのやり取りを見ていたの視線に気づき、杏がに話しかける。
「ん〜…そう、ですねぇ〜…」
微笑んでくる杏にはただただ苦笑することしかできなかった。
「で、あなたの名前は?」
ほんの少し首をかしげ、杏が尋ねる。
「あっ、です」
そういえば、まだな前も言っていなかったと、はあわてて自分の名前を言った。
「さんって呼んでいいですか?」
「あ、はい。でも敬語じゃなくていいですよ。あの、私も杏さんって呼んでいいですか?」
「えぇ。…じゃちゃんって呼ぼうかな。私に対しても敬語いらないから」
「あっでも…」
「お互いその方が話しやすいじゃない?」
「えっでも…」
「はい決定。敬語なし〜」
杏の歌うような軽い調子の物言いにはぷっと吹き出した。
2人で顔を見合わせ笑う。
「じゃ、取り合えずコート、入ってみない?」
くすっと悪戯っぽく笑う杏。
「あ、うん…でも、杏ちゃん、本当に私でいいの?本当に初心者だよ?」
「いいの、いいの」
杏がの腕を取ってコートに入る。
後ろから何やら言葉にならない悲鳴じみた声が聞こえが気がしたが、杏が気にする様子はないので、もソレを無視する。
「じゃ、楽しくやりましょ」
杏はそう言うと後衛についた。
20040303
■戻■