「こんなもんか…」
綺麗に整理整頓のなされた戸棚を見てそれは一息ついた。
肩より少し長い黒髪。
一見少年に見える顔を持つこの人物――は生物学上は女に区分される、青春学園に通う少女である。
背もこの年齢の少女にしては高く、バスケで鍛えてきた身体はバランスが取れているものであるといえるだろう。
「あ〜…」
長い腕を思いっきり上方に伸ばし、重力のままにそれを振り下ろした。
「気分転換にちょっと出かけようかな」
模様替え中の部屋もようやく片付いて人間らしい生活ができるようになってから、誰に言うでもなくは呟いた。
部屋のカーテンを閉めホームウェアをベッドに脱ぎ捨てると、Tシャツとジーンズに着替える。
手早く簡単に髪をまとめる。
先ほど整理したクローゼットから帽子を取り出し深めにかぶった。
出かけるときいつも持つバッグを背負うとカーテンを再び開けた。
太陽の眩しさに目を細める。
ふぅっと息を吐き出すと部屋を出た。
タタッタタッとリズムをつけて足取り軽く階段を降りる。
「いってきまーす」
靴を履き終えると家の奥に向かって声をかけた。
「、どこ行くのー?」
「ちょっと気分転換ー。携帯持ってくし、暗くなるまでには帰るから」
奥から聞こえてきた母親の声に返事をして玄関を出た。
自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ出す。
よく晴れて心地よい風がふいているその日、はずっと部屋にこもっていた鬱憤を晴らすため、気分転換に散歩に出た。
風を感じ気分のままに自転車を走らす。
――のだが、
「うわれ?」
見慣れない場所には一旦自転車を止める。
きょろきょろと周りを見渡す。
街中にいたはずが、はいつの間にか人通りが少ない住宅街にいた。
どうも人より方向感覚が鈍い割に好奇心、というか冒険心が強いらしく、にはこういうことがよくある。
「うぅ〜ん」
ポリポロと人差し指で頬をかく。
少し気分を変えていつもとは違う道を通ってみよう、と思って1本横道に入ったのがそもそもの間違いだった――らしい。
もちろん、いまさらそんなことを思っても後の祭りと言うやつで。
「…迷った?」
ぼそっと呟く。
今自分が何処にいるのか、まったく分からない。
はふぅっと小さくため息をついてうなだれた。
これからどうしたものかな、と考える。
今回は1つ角を曲がってからひたすら真っ直ぐ自転車をこぎ続けてきたので戻ることは…たぶん…可能だろう…と思う。
やはりここは素直に来た道を戻ろうときびすを返そう、と自転車の向きをUターンさせる。
その時、後方――先ほど進んでいた方向からわぁっという歓声が聞こえた。
「ん?」
は顔を上げる。
歓声に混じってポーンポーンという音が聞こえた。
「何だろう?」
は歓声がした方へ自転車を向ける。
もと来た道を帰す、という考えはすっかりの頭からは抜け落ちていて、ただ音をたどっていく。
「この上、かな?」
自転車を止め、長い階段を見上げる。
「…」
行こうか、行くまいか、はしばし階段の上を見て考える。
その間も楽しそうな笑い声や歓声と共に、ポーンポーンと一定のリズムでその音は聞こえてくる。
「どうせ暇だし…」
とりあえず、見に行くだけ行ってみよう、とは自転車から降り、止めると、近くの電灯の根元にチェーンを回し、自転車に鍵をかける。
その音に背を押されるようには階段に1歩踏み出した。
階段の上はテニスコートだった。
コートではダブルスの試合が行われている。
コートの周りには結構人が集まっていて、ラケットを持っているところからおそらく試合の順番を待っているのだろう、と思われた。
「へぇ…」
ストリートテニス場のようだったが結構しっかりと整備されている。
楽しそうな様子。
いいところを見つけたな、と笑みをこぼす。
アイツにここを教えたら喜ぶだろうなぁ、と最近ではすっかり交流がなくなってしまったテニス馬鹿な幼馴染の顔を思い浮かべた。
もし、またアイツと話す機会があったらここを教えてやろう。
きっと暇を見つけてはここに通うに違いない。
ふふっと笑みをこぼす。
テニスはアイツと遊び半分で打ったことしかないけれど、見るのは楽しいから今日のところは折角来たんだし試合の行方を見ていこう、とはそばの壁に寄りかかった。
「あの…ここ初めてですよね?」
すぐ横のベンチに座っていた少女に声をかけられた。
が声がしたほうへと視線を向けると、そこには肩より少し短い柔らかい茶色の髪の少女がのほうを見上げてにっこりと微笑んでいた。
が少女の方を向いたのを見てひらひらと手を振っている。
ちっちゃくて可愛い人だな〜。
同い年…ううん、年上かな。
「うん、歩いてたらボールの音と歓声が聞こえたもんだから、何かなと思って、来ちゃったんですけど…見学していっても大丈夫ですか?」
そう言っても少女に笑顔を向ける。
「えぇ。もちろん。あ、座ります?」
そう言って少女は自分の横を少し空ける。
「あ、どうもすいません」
は素直に彼女の厚意を受け取り、少女の横に腰を下ろした。
「テニスなさるんですか?」
少女は少し首をかしげての顔を覗き込むようにしてたずねる。
「あ、いえ、テニスは体育の授業と、小さい頃テニスやってた近所のお兄ちゃんにラケット借りて遊び半分でやったことがあるくらいであんなふうに本格的にはやったことないんですよ。でも見るのは結構好きですよ」
ボールを目で追いつつ、は答える。
ボールに合わせて右に左にと顔を振るを見て少女はくすっと笑みをこぼした。
「よかったらちょっと打ってきません?みてるだけより実際やってみる方が楽しいですよ…それにここダブルス専用なんだけど、あたし今日パートナー募集中なんですよ」
いたずらっ子のようにペロッと舌を出して言う少女。
「えっでも、さっきも行った通り、テニスなんてほとんどやったことないですし、ラケットも持ってきてないし…」
そう言って残念そうに言う。
「そんなの気にしないでくださいよ。勝負より楽しむの優先。ラケットならあたしのでよかったら予備のを貸しますから」
「でも…」
「ね、ほら」
少女はバックからラケットを取り出し、に差し出した。
「あっもし迷惑だったら言ってくださいね。…でも試合見てるあなたがあんまり楽しそうだったから」
勢いで推し進めてしまっていることに築いたのか、少女は苦笑を漏らす。
「迷惑なんて…あの、そこまでしてもらって嬉しいけど…本当にいいの。初心者、ですよ?」
コートの試合を見てる限り、ここにはかなりのレベルの人間が集まっているのが分かる。
…おそらく、彼女もかなりの経験者。
自分が足を引っ張るのは確実。
「いいんですよっ。その代わり今日はあたしとペア組んでくださいよ。それにここって女の子他にいないからまたきてくれたら嬉しいし」
そう言われ、は少女からラケットを受け取った。
「…」
少女に渡されたラケットをは軽く振ってみる。
「…あの、1つ訊いてもいいですか?」
「え、えぇ」
私に答えられることなら、と少女は笑う。
「…何で私が女だって分かったんですか」
「えっ?」
何のことかわからず聞き返す少女。
「私が女だって。初対面の人は大抵男だと勘違いするんですよねぇ…女にしては背高いし、肩幅あるし、声低いし、胸ないし…」
自嘲気味に笑う 。
「えっでもすぐ分かりましたよ?」
けろり、と答える少女。
「…あなた、すごいんですね」
驚いた、というように眼を見開いて少女のほうを見る。
「そうですか?…じゃ、今度デートしましょうね」
そう言って少女はいたずらっぽく微笑んだ。
「ぜひぜひご一緒させてください、綺麗なお姉さんは大歓迎です」
は少女言葉に一瞬目を大きく開いたが、ふっと笑みをこぼしてそういった。
お互い面白そうにくすくすと笑いあう。
「そんなこと聞かれるなんて思わなかったですよ、初心者、初心者って言うからてっきりルールのこととか聞かれると思ってたんで…」
「あっ」
小さく声を漏らす。
気まずそうに視線を情報へとそらす。
その様子に少女はますます楽しそうに笑った。
「よかったら簡単に説明しましょうか?」
「…お願いします」
は俯いて小さく言った。
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