『放課後、部活終わったら教室に来てよ』



いつになく歯切れが悪かった。

何の用だ、と訊ねても答える様子がなく。

俺はしぶしぶそれに頷いた。















放課後。





部活終了後。





氷帝学園男子テニス部部室。





「宍戸さん」



宍戸が制服の上着に手を通し、ちょうど着替え終えたところで後ろから声をかけられた。

性格には後ろ斜め上から。

振り向かなくてもその声で振り切れんばかりに尻尾を振る大型犬のような後輩の顔が分かってしまう。



「何だ?長太郎」



宍戸が振り返ると予想通り満面の笑みを浮かべた鳳の姿があった。



「一緒に帰りましょうよ」



その台詞に、お前は小学生かよっと喉まで出掛かって宍戸はそれを飲み込んだ。



「悪ぃ。このあとちょっと用事があるんだ」



鞄を手にする宍戸。



「そうなんですかぁ」



先ほどの嬉々とした様子とはうって変わってしゅんと耳をたれる大型犬。



「あぁ。また明日な長太郎」



宍戸はぽんっと鳳の肩を叩くと部室を後にした。

そのまま校門…とは反対方向。

校舎にいつもより少し早めに歩き出す。


















薄暗く人気のなくしんと静まり返った校舎はいつものそれとはまったく違って見える。

暗い教室。

宍戸の眉間にほんの少ししわがよる。



「帰ったのか…ったく自分から呼び出しといて」



宍戸は小さく息を吐き出すと教室のドアを開けた。



「お疲れ」



夕暮れの薄暗いオレンジ色の教室。

教室前方の窓の傍に立つ彼女――の顔は逆行によって見えない。



「あぁ。帰ったかと思ったぞ。こんな暗い中で電気つけずに何やってんだよ」



「電気つけないでっ」



電機のスイッチに手を伸ばした宍戸を制する

宍戸は電気をつけないままゆっくりと手を下ろす。



「どうしたんだ?何か変だぞ、お前」



いかぶしげにの方を見る。

西日に目を細める宍戸。



「…」



黒とオレンジの影が――がうなだれたように俯くのがわかった。

宍戸は大きく息を吐き出し、手近な席の椅子――廊下側一番前の席の椅子を引いて腰を下ろした。



「何か、俺に用があったんだろ。言えよ。聞いてやるから」



頬杖をついて宍戸はのほうに顔を向ける。

の影は俯いたままだ。

音がなくただ静かな空間。

逆行に目が慣れてきたのか、次第にの表情が見れるようになっていく。

はすぅっと大きく息を吸い込み、顔を上げた。



「私、宍戸のことが好き」



夕陽に支配された教室では真っ直ぐに宍戸を見てそう言った。

宍戸は口を開け大きく目を見開いてを見返した。

宍戸はゆっくりと椅子から立ち上がるがその場から動かない。

はそれ以上は何も言わなかった。

宍戸も何も言わない。

再び教室は沈黙に支配された。

「俺は…」

宍戸の言葉に険しかったの顔がふっと緩むと、は無言のまま鞄を持つと教室から出て行った。

ただ呆然と立ち尽くしている宍戸をおいて。















昼休み。





宍戸は逃げ出すように教室を足早に後にした。

あの日から1週間。

宍戸はここのところ毎日休み時間のたびに教室から姿を消す。

途中で会った鳳を連行しコートに向かう。



「宍戸さん最近以前にも増して練習熱心ですよね」



ボールを打ち返しながら鳳が言う。



「んなことねぇよっと」



そのボールを打ち返す宍戸。



「関東大会、頑張りましょうね宍戸さん」



「ったりめーだ。勝つぞ長太郎」



コートには一定のリズムでボールの音が響く。

そこに注がれる視線。

宍戸はボールを打ち返しながら視界の隅で視線の元――の姿を捉える。







宍戸は心の中で彼女の名前を呼ぶ。

あの日――が宍戸に思いを告げるより以前から宍戸はずっとの視線には気づいていた。

それがどういう類のものであるかも、それなりに察していた。

宍戸も同じように――よりずっと前から――を見てきたから。

できることならを腕の中に引き寄せてしまいたいと思う。

を自分のものにしてしまいたいと思う。

しかしまた、今の自分はの気持ちには応えられない、と思う。

関東大会目前。

最後の夏。

手に入れたレギュラーの座。

勝ちたい。

テニスを続けたい。

への想いとはまた違った次元で存在する強い気持ち。

今はテニスのためだったら躊躇うこともなく空いている時間を使う。

そうすることしかできない自分を宍戸は知っている。

コイビト――例え、長い間想いを寄せてきたに対してでさえ――も顧みず、ただテニスに夢中になる自信がある。

には誰よりも幸せで、笑顔であって欲しいと思うからこそ、宍戸はその気持ちに応えることができない。

に対する気持ちを誤魔化すように宍戸はラケットを振る。

切なげに視線を送ってくるに宍戸は苦しげに眉を寄せた。



『こういうときは女に対して軽いアイツラをちょっとうらやましいかもな』



宍戸は頭に浮かんだ自称フェミニストたちに小さく舌打ちをした。










「ほんま、おもろいなぁ自分」



教室のドアを開けようとして宍戸の手が止まる。

するはずのない声が中から聞こえた。



「そんなことないよ、忍足君のほうが面白いと思う」



その話し相手の声に固まる宍戸。

彼女の声だけは聞き間違えるはずがない。



「おもろいかぁ〜…新鮮やなぁ」



「新鮮なの?」



楽しそうに弾む声。

これまでそんな彼女の声を聞いていたのは宍戸だった。



「そや。カッコイイとか素敵とかはよく言われるんやけどな」



「うわ〜…さいですか」



「うわっ冷たぁ。普通の女子はそんな反応せぇへんで。ほんまおもろいなぁ。どや?これを機にコンビ組まへん?」



「え〜」



苦笑する

楽しそうに話す2人。

知らず知らずのうちに眉間にしわがよる宍戸。



「おい、宍戸入らないならどけよっ…ってどうしたんだ?お前」



後ろから声がかけられた。

戸惑った表情のクラスメイト。



「どうもしねぇよ」



宍戸は不機嫌そうにドアを開けた。



「おぉ宍戸」



忍足がのそばを離れ宍戸のもとに来る。



「…何か用かよ」



低い宍戸の声。



「何や?えらく不機嫌やな」



忍足は一瞬いかぶしげな表情をしたが、すぐにまぁええわ、と言葉を続ける。



「今日の練習レギュラーは第一コートから第二コートに変更やて」



跡部の奴自分が行くのが面倒とかゆうて俺のことパシリ扱いや、とやれやれと肩をすくめる忍足。



「…わかった」



予鈴がなる。



「ほな、俺行くわ。アッ、コンビの件考えといてなぁ〜」



にひらひらと手を振って忍足は去っていった。

苦笑している

宍戸は不機嫌なまま自分の席に着いた。















「…さん、宍…さん、宍戸さんってばっ!」



「あ、あぁ。何だ?長太郎」



はっとして聞き返す宍戸。

気づかないうちに思考の中に身を投じていたらしい。

むぅっとどこか拗ねている鳳の表情から彼は相当宍戸の名を呼んでいたらしい。



「わりぃ。長太郎どうしたんだ?」



取り成すように鳳の顔を覗き込む宍戸。

鳳はじとっと宍戸を見つめる。

こういうときの鳳は妙に子どもっぽく、身長差から見下げられているのにもかかわらず、上目遣いで見られているような錯覚を感じる。



「宍戸さん」



すっと宍戸に正面から向き直る鳳。

先ほどとはうって変わって大人びたものへと変わる。



「ん?」



突然の変貌に宍戸は驚きと戸惑いから鳳から1歩引く。



「宍戸さん最近変です」



心配そうな、それでいてどこか悲しそうな鳳の目。



「何、言ってんだよ。馬鹿」



宍戸は居心地の悪さから鳳から顔をそらす。



「宍戸さん、嘘ついたって俺分かるんですよっ。宍戸さん最近練習量増やしてるけどぜんぜん集中できてないじゃないですか」



「…」



俯く宍戸。



「宍戸さんっ」



すがるような鳳の声。

しかし宍戸は鳳のほうを見ようとはしない。

俯いたままだ。

鳳は小さく息を吐き出した。

悲しそうに視線を伏せる。



「…俺、年下だし、頼りないかもしれないけど…悩みとかあるなら話して欲しいです」



真剣な鳳の声に宍戸は視線を上げる。



「パートナーでしょ」



鳳の言葉に宍戸に笑みが浮かんだ。



「だったな」



くしゃっと鳳の髪をなでる宍戸。



「宍戸さん」



鳳の表情がぱっと明るくなった。

いつもの尻尾を振り切れんばかりの鳳の笑顔。



「帰るぞ、長太郎」



宍戸が鞄を手にしてドアへと向かう。



「はい」



鳳も自分の鞄を持って後に続いた。



「ちっ」



「くっさ〜」



「恥ずかしい奴らやな」



後に残る面々が大きくため息をついたのを彼らは知らない。











「宍戸さんと帰るのって久しぶりですよねぇ」

足取り軽く嬉しそうな鳳。

「そうか?」



「3日ぶりです」



「…久しぶりかよ」



ふっと視線を感じ宍戸は校舎を見上げる。

窓際にたたずむ1つの影。

宍戸の目がほんの少し細められた。



「…」



鳳はそんな宍戸の様子をじっと観察している。

鳳は宍戸の視線をたどる。

ふっと鳳の顔に優しげな笑みが浮かんだ。



「宍戸さん」



鳳がポンッと軽く背中を押す。



「長太郎!?」



戸惑う表情で宍戸は鳳のほうを振り返る。



「自分の欲しいものは絶対手に入れる。我儘でない宍戸さんは宍戸さんらしくないですよ」



笑顔の鳳の頭を宍戸は思いっきりはたく。



「いってらっしゃい、宍戸さん」



頭を押さえつつ、鳳は言葉を続ける。



「宍戸さんが宍戸さんらしくなるためにちゃんとケリつけてきてください」



ひらひらと手を振る鳳。



「あ…」



「ほら、宍戸さん」



再び宍戸の背中を軽く押す鳳。



「サンキュ、長太郎」



宍戸は校舎へと駆け出した。















教室のドアを勢いよく開ける宍戸。

がドアのほうを振り返った。

あの日と同じくオレンジ色に染まった

穏やかに微笑むに宍戸は目を奪われる。



「どうしたの?宍戸」



「いや…」



「鳳君行っちゃうよ」



は視線を窓の外へと向けた。

オレンジ色の横顔。

宍戸は1歩踏み出した。

そのままの横に立つ。

はちらっと一瞬宍戸のほうを見たがすぐに視線を外へと戻した。

あと少し近づけばお互いに触れる、でも触れない微妙な距離。

そのまま2人で夕陽を見る。



「…宍戸」



口を開いたのは

視線は窓の外に向けたまま宍戸の名を呼ぶ。



「ん?」



宍戸の視線もそのまま。



「…私、やっぱり宍戸以外の誰かを好きになるなんて、考えられない」



静かな淡々としたの声。



「あの日、宍戸は俺なんか止めとけって言われたけど…あたしはやっぱり宍戸のこと好きだわ。宍戸にどう思われてようと、私はそんなに簡単には気持ち変えられない」



後半、微かに声が震えた。

宍戸が隣を見ると、そこには今にも泣き出してしまいそうな顔をした

宍戸の顔が苦しげにゆがむ。

唇をかみ締め、上方へと視線をそらしているを見ていると締めつけられるかのように胸が痛む。

のためだと出した答えは逆にお互いを傷つけるものとなっていて。

自分が出した答えで涙するを見て、宍戸の中に後悔という念が渦巻く。

宍戸は抱き締めたいと思いから指が動いたが、それはぎゅっと手の中に握りこまれた。

宍戸は動けぬまま、 を見詰める。



「宍戸を見れれば幸せ。宍戸と話せれば幸せ。宍戸と…友達としてでも笑いあって傍に居られたら幸せ…だから、だから、あれは忘れて。また友達に戻ろ?」



宍戸の目を見詰め、涙を必死に堪えるような笑顔で が言う。

その顔を見た途端宍戸の中で何かが弾け飛んだ。



…」



「…え?」


宍戸はの腕を取りそのまま自分のほうへと引き寄せた。

ぎゅっと抱き締められ、の目の前には宍戸の胸。

テニスで鍛えられた身体に包まれ、は嬉しい気持ちを隠せない。

は宍戸の背中へおずおずと腕を回しかけたが、苦しげに目を閉じ胸元を押し返した。

しかし、宍戸はを離さない。

それどころか、を抱く腕にぎゅっと力が加わった。



「俺もお前が…お前以外の他の誰かなんて考えられねぇんだよ」



が驚きで目を見開き顔を上げる。



「宍戸?」



「お前が…俺はお前が好きなんだよ、ずっと…」



の頬を、堪えていた涙が零れ落ちる。



「宍戸ぉ…」



宍戸の胸に顔をうずめる

その肩は微かに震えている。

宍戸は優しくの頭を撫でた。

テニスとはまた違った暖かな気持ちが宍戸を包む。

ここ数日かかえていた胸の痞えがすっと取れていく。



「…欲しいものを手に入れたほうが俺らしいか」



小さな宍戸の呟き。










(Fin.)















反省文

宍戸夢いかがだったでしょうか?
スプリットステップというより半歩の重み?
あと少しなのになかなか手に入れられない様、ということで。
…こじつけ。
悩む宍戸。
テニスと恋愛。
宍戸ならテニス選びそうだなぁ〜と思ったのが始まり。
でもきっと彼女が気になってテニスに集中できない…と妄想が妄想を呼びこうなりました。
欲しいもの手に入れた宍戸のほうが安定してそう…精神的に。
結果、テニスでもいい結果をもたらしてくれること希望、です。
読んでくださりありがとうございました。
感想などいただけると嬉しいです。

20040210










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