「お〜い石田帰ろうぜ」

コートの外から声をかけられ、石田は一旦手を止めて声の方を振り返った。



「今日はもうちょっと打ってくよ」

「そっか?…じゃ、先帰るぞ」

「あぁ。また明日な」

じゃ、と帰っていく仲間たちに石田は軽く手を上げ、再びラケットを振り始めた。



「そろそろ止めとくか」

辺りが暗くなり、視界が悪くなってきた辺りで石田はようやく手を止め、辺りにボールを集めた。



石田が部室に向かうとすでに明かりが消えていた。

暗い部室に明かりをつけ、着替え始める。



いつもは騒がしい仲間達がいて狭く感じる部室が随分と広く感じた。

石田がYシャツのボタンが半分ほどとめた時





カチャ。





小さな音がして涼しい風を感じ石田は振り返った。



「えっ…ちゃん…」

思いのほか近くにの姿があり、石田は驚きから1歩後ろに下がった。

背中にロッカーが当たる。



「石田君」

ふわり、と甘い香りがした。



「な、ど、どうしたの?」

心拍数が一気に上昇ずる。

じっと石田を見上げるの目の中に石田の姿が映る。

石田はの黒い瞳に吸い込まれそうになりつつも、必死で理性をかき集めそれを抑える。



の手が石田の腕に添えられた。

石田の体がびくっと震えた。



「あの、ちゃん…?」

戸惑いがちに石田はもう一度の名前を呼んだ。

理性の限界に近づきつつあるのを自覚しつつ石田はできうる限りから身体をそらした。



「何?どうしたの?」

引きつった笑みを浮かべつつ石田は尋ねる。

は石田のYシャツの腕をきゅっとつかみ、潤んだ瞳を恥ずかしそうに少し伏せた。



「ねぇ…キス、して。石田君」

「えっ」

石田の体が硬直する。



この状況。

まったく予想、期待をしていなかった、というわけではないが。

正直、ほんの少し、胸の中でかすかに期待していたこと。



「ねぇ…」

硬直したままの石田をは見つめている。

石田のシャツを握り、じっと見上げてくるの瞳は、かなり色っぽい。



「ダメ?」

石田の視点はの唇に集中する。

石田の喉がなる。


「ダメ?」

もう一度が尋ねる。



「いいの?ちゃん…」

石田はそっとの頬に手を触れた。

はコクンと頷き、そっと目を閉じた。

石田はゆっくりと身をかがめる。

あと少しで2つが重なろうというとき。





ジリリリリリリッ。





石田は目を開けた。

目覚ましに手を伸ばして、部屋に響くけたましいその音を止める。

まぶしい光が部屋に差し込んでいる。

チュンチュンとすずめの声が聞こえる。

さわやかな朝。



「夢、か…」

石田は上体を起こし、大きくため息をつき頭をかいた。



後5分…目覚ましがなるのが遅かったら…。



そんなことを考えている自分をはっと自覚して石田は慌てて布団から出た。















カチャ。





「あっ石田君」

部室のドアを開けるといつもの騒がしい声でなく優しいその声が石田を出迎えた。



「…ちゃん」

戸惑った石田の声。



ときどきマネージャーのような仕事をやってくれているがここにいるのは不思議なことではないのだが。

今朝見た夢のこともあって石田は今日は極力に合わないように――の教室の前は通らないようにとか――気をつけたいたのだ。

あとは部活のみ、と気を抜いたところで、まさか会ってしまうとは。



「どう、したの?」

何とか声を絞り出す石田。



「新しいボール出してくるよう言われたんだけど届かなくって」

ん〜…と背伸びをする

バレリーナのようにつま先立ちをしているのに、の身長ではロッカーの上の箱に指がかする程度。



「あっ」

の表情がぱっと明るくなり、は石田のほうを振り返った。



「石田君だったらアレ届くよね、とってもらってもいい?」

「あ、うん」

石田はひょいっとその箱を下ろした。



「はい」

箱をに差し出す。

は礼を言って箱を受け取り、じっと石田を見上げる。

石田の脳裏に今朝の夢がよみがえった。



「な、何?」

声がかすれ、石田の体が硬直した。

が片手に箱を持ち、もう片方を石田の頭へと伸ばす。

石田の背中にロッカーが当たる。



「やっぱ石田君って背、高いよね」

石田の間近にのまぶしい笑顔。

石田は息を止める。



「ね」

が石田の髪に触れた。

石田は反射的に身体を返し、と石田の位置が逆転した。

石田の目の前には戸惑ったようなの顔。



「い、石田、君…?」

かすかに震えたの声に石田は我に返った。

の位置と自分の体勢を省みて身体をこわばらせた後、慌ててから離れた。



「ご、ごめん。ちゃん」

石田は制服のまま部室から駆け出て行った。



「な、何?」

は戸惑った表情のままその場に座り込む。



その頬はほんのり赤く染まっていた。





(fin.)










反省文

石田夢…いかがだったでしょう?
何が書きたかったのでしょう…自分。
届かない。
がボールの入った箱に届かない。
石田の唇がの…もにょもにょ…に届かない。
と、言うことで。
この御題。
悲恋にだけはしたくなかっただけで。
その他一切考えてませんでした。
読んでいただきありがとうございました。
感想などいただけたら嬉しいです。

20040216










■戻■