アイツだけには頼みたくなかった。
アイツにかかわると昔からろくなことがない。
でも背に腹は変えられねぇよな。
俺たちは絶対全国に行くんだ。
橘さんと一緒に。
そのためだったらアイツに頭を下げてやる。
いつも人を食ったような態度を取る従姉弟に。
雲一つない淡い青が空一杯に広がっているその日。
少年は家族に出かける旨を一声かけて家を出た。
足早に近くの公園へと向かう。
公園に足を踏み入れると、ポーンポーンと一定の音が聞こえてきた。
少年はそのまま音がするほうへと向かう。
「よっ」
少年の声にその音が一旦やんだ。
声をかけられた少女が少年のほうを振り返る。
「遅い」
ラケットで少年を指差しいたずらっぽく言う。
「女の子を待たせるなんてことしてちゃモテないぞ」
その言葉にぷぅっと頬を膨らませる少年に、くすくすと笑いながら少女はそう言葉を続けた。
「余計なお世話だよ。それに約束の時間までまだあるだろ?」
「ま、ね。で?何?話って」
少女は軽く肩をすくめ、笑みを含めて少年を真っ向から見据える。
からかいすぎたか、と軽く反省する様が見える。
それはあくまでも、軽く、であり、それを見て昔から彼女にからかわれ続けている少年としてはなんとも言えない複雑な気分を味わうこととなる。
そんなことを考えていても仕方がない、と言うように少年は軽く目を閉じ大きく息を吐き出した。
そして今一度少女に視線を向ける。
「頼みがあるんだ」
声色も先ほどとは違う。
「ミクスドの件でしょ。悪いけど私はシングルス専門。…もう誰ともコンビを組むつもりはないよ」
少女の言葉に少年の目が大きく見開かれた。
少女はボールを高く上げ、少年が来るまでしていたように壁へとそれを放つ。
「…知ってたのか?」
「職員室で先生達が言ってるの聞いたから。これを機に新男テニ潰すつもりらしいよ。校長が申請認めたっていうのに諦めが悪いよね」
「…」
少女はそのままボールを打ち続け、少年はただその様子を見つめる。
そのまましばらくどちらも言葉を発することなく時間が過ぎていった。
満足いったのか少女はボールを打つのをやめ、少年の近くにあるベンチにおいてあるバックへと向かう。
タオルを取り出して汗をぬぐう。
すっと手が伸びてきた。
そこにはいつ買ってきたのか、スポーツドリンクの缶ジュースが握られていた。
「ありがと」
「ん…」
少女はお礼を言ってそれを受け取る。
少女が少年のほうを振り返ると、少年も自分用に買ってきたのであろう缶ジュースを口にしていた。
「…ねぇ、部活、楽しい?」
プルタブを空けながら少女が尋ねる。
「あぁ」
「前は楽しそうじゃなかったじゃない」
「今は…橘さんが来てくれてからは違う」
「…そう」
スポーツドリンクを口へと運ぶ。
「なぁ、俺たちと一緒に行こうぜ全国」
「はっ?ちょ、全国、って…でかくでたねぇ。本気?…それともオネエサンをからかってるのかしら?」
前半は大きく見開かれた目が後半弓なりにしなった。
「本気だよ」
少年の言葉を聞いて少女は大きく息を吐き出した。
少年の真剣な表情に、先ほど浮かべた茶化した笑みは消える。
「変わんないね、昔っからそういうとこ。そう、だなぁ〜…他ならぬアキラ君の頼みだし考えとくよ」
ちょっと困ったような笑みを浮かべ少女は言った。
「えっ?」
今度は少年の目が大きく見開かれる。
「ミクスドの件」
軽く肩をすくめる少女。
「受けてくれるのか!?」
少年の顔がぱっと輝く。
「そうは言ってないでしょ?…ちょっと考えさせてっていってるじゃない」
不貞腐れたようにぷいっと少女は少年とは反対方向に視線を投げる。
「あぁ」
少女の言葉に少年は嬉しそうに笑った。
少女はそれを見て大きく息を吐き出した。
そして小さく呟く。
「馬鹿な子ほど可愛いってのは本当だよね」
その呟きはあまりに小さく、満面の笑みを浮かべている少年には届かなかったけれど。
「お〜い、神尾お客さんだぞ〜」
そうクラスメートに声をかけられ神尾がドアの方に視線を向けると、そこには彼女がいた。
学年の違う彼女がこんなところにいるのが珍しいのか廊下を通る人間もちらちらと彼女に視線を向けている。
わざとらしく節目がちで神尾がそばに行くとちらっと神尾の顔を見て慌てて顔を伏せた。
神尾はそれを見てなんとも疲れた気持ちになる。
ぽんと肩を叩きニヤニラと笑うクラスメートに肩をすくめ、彼女の元にいく。
「ごめんね、神尾君」
はにかんだように笑う彼女を見て神尾は頭痛を覚える。
「…場所、変えよう」
何とか言葉をつむぎ歩きだす。
彼女はコクン、とうなずき、神尾の半歩後をついてくる。
好奇に満ちた視線を背中に浴びつつ、神尾は大きくため息をつく。
「ごめんね、神尾君」
神尾のみに伝わるほどに押さえられたその声はかすかに震えていた。
■戻■