「橘君」
部活に向かう途中、声をかけられ橘は一通の封筒を手渡された。
「今日届いたのよ」
橘は裏の差出欄を見て、それを届けてくれた教師に頭を下げて礼を言い再び部室へと向かった。
「うむ…」
制服から着替え終えた橘は顔をしかめたまま1枚の紙を睨みつける。
先ほど渡された封筒に入っていた1枚の紙。
「…まったく、どうしてこう、次から次へと」
誰もいない部室でため息をこぼす。
そして苦笑する。
こんな姿はあいつらには見せられないな、と。
「ちゅーっす」
「あっ橘さん」
ガチャっと部室のドアが開きどやどやと連れ立って見慣れた顔が入ってくる。
「…さ、お前ら早く着替えて外に出ろ。練習を始めるぞ」
持っていた紙を自分のロッカーに入れた制服の下に忍ばせる。
「橘さん、どうかしたんですか?」
神尾が背伸びしつつ、橘の肩越しにひょいっと覗き込む。
「いや、どうもしない。神尾、早く着替えて外に出ろ」
そう言って橘は軽く神尾の肩を叩いた。
神尾は納得行かない顔で首を傾げ、橘を見上げる。
「だって橘さん今何かロッカーに隠したでしょ?…あっさてはラブレターとかですか?」
後半ぱっと表情が明るくなりいたずら好きの子どものような笑みを浮かべる。
「何を馬鹿なことを言い出すんだ。何でもない」
橘は神尾の額を軽く小突いて、いつもの自信ありげな笑みを向ける。
「時間が惜しい。早くしろ」
橘はさりげなく神尾を自分のロッカーから離す。
その間に伊武がすっと橘の背後に立ち、橘のロッカーから1枚の紙を取り出す。
「深司っ!?」
橘がそれを静止しようとしたが、時すでに遅く。
「…ミクスド?」
紙を見た伊武の口からぼそっとその言葉が呟かれた。
橘はため息をつき、表情を隠すように片手で覆った。
他の者達もわらわらと伊武の周りに集まって、その紙を覗き込む。
「ミクスドって?」
「なんだよソレ」
「男女ダブルスだろ?」
「そんなことは知ってるよ。ミクスドの意味じゃなくて、この試験的に男子の試合に組み込むって…」
その言葉に好き勝手しゃべっていたのが一瞬ぴたっと止まった。
「どういうことなんですか?橘さん」
一番先に口を開いたのは桜井だった。
橘に視線が集中する。
「どういうことも何も…文面通りだ」
不安げに見上げてくる後輩達に橘は軽く肩をすくめ答える。
「男子の試合にミクスドが組み込まれることになった」
事実のみを伝える。
「はぁ」
いまいち状況が分からないのか、なんとも曖昧な表情を交わす後輩たち。
「ってことは大会に向けての練習に女子も加わるって事ですか?」
桜井が確認するように橘にたずねる。
「…まぁ、そういうことになるだろうな。ペアを組むわけだし」
橘の言葉に神尾の表情がぱっと明るくなる。
彼の脳裏にはきっと“彼女”が浮かんでいるのだろう。
「その女の子のメンバーってどうするんですか?これ見ると少なくとも3人は女の子必要ですよね?杏ちゃんは引き受けてくれるとしても他の女テニの子がやってくれるとは思えないんですけど…」
伊武が持っている紙を指差し、石田が訊ねる。
彼らの中ではすでにメンバーに杏が入っているのは決定事項らしい。
…もちろん、橘にはその件に関しては否定できないが、少し、ほんの少しだが、なんとも言えない複雑な気分になる。
「そうだ、な」
橘は先ほど自分が悩んでいたことをずばり指摘されて苦笑するしかない。
「……そうだよね、俺たち暴力事件起こした怖いテニス部員だもんね。普通近寄りたくないよね。本当無責任に噂ばっかしてくれちゃってさ、お前らに何が分かるんだっていうんだよね。だいたい悪いのアイツラで俺たちじゃないし」
伊武のぼやきは続く。
「それに俺恋愛ごととかゴシップ話ばっかしてる五月蝿い女子って嫌いなんだよね。大体噂話なんてさ、時間無駄遣い人生無駄遣いって感じじゃない?まぁ、かと言って無口で内気な子なだけっていうのもどうかと思うんだよね。一緒にいて間が持たないって言うの?そんなのがちゃんと試合できるわけ?無理だよね?ダブルスってさ、相性ってのが必要なんだよ。無理に決まってるよ」
伊武のぼやきはまだまだ止まらない。
「ってどうでもいいんだけどいつまで俺がこの紙持ってなきゃいけないわけ?桜井もさ、見るならちゃんと自分が持ってみるべきじゃない?肝心なとこで気がきかないんだよね、桜井って。別にいいけどさ。でもさ、桜井この間も…」
伊武のぼやきが止む様子はない。
ほやき状態の名前を出され、桜井の顔色が悪くなる。
「…深司」
「…」
ため息混じりに名前を呼ばれ伊武はぴたりと口をつむみ、そして何事もなかったように着替えを始める。
「「…」」
桜井と石田が不安そうに顔を見合わせた。
「そんな顔をするな。何とかなるさ」
橘はそんな2人の頭をわしわしっと乱暴に撫でる。
いまだ不安そうに自分の顔を見ている2人にいつもの笑顔を向ける。
「杏に色々当たってくれるよう頼んであるし、大丈夫だろ」
「あの、俺も知り合いに当たってみます」
石田に続き、みな、俺も俺も、と名乗りを上げる。
「そう、だな、そうしてくれると助かる。一応お前らもテニス経験者の知り合いがいるなら声をかけてみてくれるか?」
その言葉に全員がこくんとうなずいた。
素直な後輩たちの反応に橘は満足そうに笑みを浮かべ言葉を続ける。
「よし、じゃこの話はひとまず終わりだ。とっとと外に出ろ。練習を始めるぞ」
橘が部室を出て行き、一足早く着替え終えた伊武もその後に続く。
他のメンバーも慌てて着替え始めた。
「橘さん」
「ん?」
伊武に呼び止められ、橘は振り返る。
「…」
伊武は表情も変えず無言で橘を見上げる。
「大丈夫さ。簡単にはいかんだろうが、俺達はどんな状況だろうとそれをこれまでだって乗り越えて変えてきた。今回だって乗り越えていくさ。俺たちは全国にいく。そうだろ?」
「…はい」
いつもは無表情なその顔にほんの少し柔らかくなる。
「ほら、ネットを張るぞ。深司そっちを頼む」
「はい」
ネットを張り始めるとほぼ同時に騒がしい後輩たちの声と足音が聞こえてきた。
「橘さんにネット張らせるなんて後輩として失格だよね…」
等と伊武の呟きが聞こえた気がした。
いつもどおりの楽しい部活が始まる。
(Fin)
反省文
いかがだたでしょう…峰小説。
ただ単に橘さんのお父さん振りといぶのぼやきをかきたかっただけです…はい。
200402
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