晴天、快晴、日本晴れ。
これ異常ないというほど天気の言いその日。
天気とは裏腹に彼女の機嫌は悪かった。
バレンタイン
「すいません。ちょっと海堂君呼んでもらっていいですか?」
教室のドアから顔を覗かせる少女には声をかけられた。
廊下側の一番後ろの席。
普段であったら授業中目立たず心地よい席が、今日ばかりはこれ以上ない、というほど不快な席に変わる。
は朝から繰り返し行われているその光景に内心うんざりしていた。
「海堂先輩」
「海堂君」
年上年下同い年、呼び方は様々だけどそれらが指すのはただ一人。
が今朝から何度言ったかわからない言葉を口にする。
「海堂君、お客さんだよ」
むすっと見るからに不機嫌そうな表情でその人物の名を呼び、は読みかけの本へと視線を落とした。
「おう」
短くそう答え廊下で待つ少女達の元にゆっくりと進み、少女たちから差し出される包みを受け取る。
「…すまねぇな」
男子テニス部のレギュラー陣の一人である彼の人気は流石なもので朝から海堂を訪ねてくる少女達は耐える様子を見せない。
海堂は席に戻ると受け取った包みを慣れた手つきで紙袋へとしまっていく。
「すげぇな、海堂。この分なら新記録行くんじゃねぇ?」
海堂の紙袋を覗き込んでクラスの男子にやっと笑って言う。
海堂は無言でギロッと睨みつける。
おぉ怖ぇ〜、とおどけた調子で海堂の席から離れていった。
は苦虫を潰したような気持ちでその会話を聞いていた。
5時間目終了時、海堂の元には少女たちからもらった包み一杯の袋が4袋に達していた。
部活が終わるまでにおそらくもう1袋くらい増えていることは間違いないだろう。
愛想よく…とは言いがたいが無口な彼には珍しく一言少女達に声をかけて包みは受け取られていく。
とは言っても『あぁ』とか『わりぃ』とか『すまねぇな』とか発せられる言葉は本当に一言ではあったけれど。
無口な彼にしては上等といえるだろう。
少女たちは嬉しそうにその場を立ち去っていく。
その後包みは無造作に紙袋へと入れられる。
無造作に入れられた包みは義理や憧れとしてのみで渡されたものばかりではなく真剣に海堂のだけを思って渡されたものも少なくないはずだ。
もし自分のものもそんな風に扱われたら。
は自分のかばんへと視線を落とした。
かばんの底には小さな包みが1つ。
は視線をロッカーの上に置かれた紙袋の1つへと移す。
あの中に埋もれてしまうくらいなら何もしないほうがいい。
今年もやめよ。
はかばんを持って教室を後にした。
は仲よさげに寄り添ってすれ違っていくカップルを尻目に歩調を早める。
「おい」
そのまま歩調を緩めることなく歩き続ける。
「おいっ」
先ほどより語尾が強く名指しで呼ばれた。
「何?」
は呼び止めた人物のほうを振り返った。
「…」
目を見開く海堂にの眉間にしわがよる。
「何か用?」
棘を含んだ言い方では海堂に訪ねる。
そうやって向かい合っている様子を第三者が見たら、ただ睨み合っているようにしか見えなかったに違いない。
「今年は全部受け取ったぞ」
「へぇ〜」
「ちゃんと持って帰るからな」
「そう。で?」
「…」
「…」
それきり口をつぐんでしまった海堂をはイライラしながら睨んだ。
には海堂が何が言いたいのか分からない。
自分に絡んで、こんなことを言わせて楽しんでいるのか。
「ちょっと、何な…」
「来い」
の言葉をさえぎり、海堂はの腕をつかんで歩き出す。
「え?ちょっ」
焦るを余所に海堂はずんずんと進んでいく。
海堂の強引な行動にに耐えかねてが問いただそうとした時、海堂が同時に何かをの手の中に押し付けてきた。
咄嗟に受け取ってしまったが、手の中のモノを確認しては言葉を失った。
それは綺麗にラッピングされたチョコレート以外の何物でもないだろう。
お気楽な義理や冷やかしのチョコではありえない、想いがこめられたものとすぐ分かる。
あのチョコレートの山を苦々しく思っていた筈なのに。
何か、真摯な気持ちを土足で踏みにじられたような気がして、平気でこんな真似をする海堂に対し、は激しい憤りを感じた。
「何考えてんの?!アンタって、最っ低!」
「ッ」
「返すわよ、こんなもん!」
「…やるって言ってんだろ」
低めの海堂の声にはびくっと身体を震わせたが無言で包みを海堂のほうへ押し返した。
チョコの包みが二人の間をぽんぽん行き交う。
贈り主が見たら嘆くこと必至の光景だが、その人の気持ちを考えればはどうしてもそれを受け取ることなどできない。
それが、どうして海堂には分からないのか。
もう止めてくれ、と危うく泣きを入れそうになった時、海堂が包みをの胸元にむかってひときわ強く叩きつけるようにし、そのままの体を壁へと押し付けた。
その乱暴さに呆気に取られていると、海堂は苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「お前は俺にこれ以上どうしろって言うんだよ」
の目の前にはこれまで見たことのないほど真剣な海堂の表情があった。
「お前が…チョコも受け取ってもらえないヤツラの気持ちが分かるかって言うから今年は全部受け取っただろ。バレンタインなのに女の子傷つけるなんて最低だっていうから1つ1つちゃんと受け取ったんじゃねぇか…」
そう言うとちっと短く舌打ちをし、海堂はそのまま一度もふり返らずに去っていった。
「な、何が言いたいのよぉ〜」
海堂が立ち去るとはその場にぺたんと座り込み途方がくれたように呟いた。
「で、どうすりゃいいのさ」
目の前には、押しつけられてけっきょく捨てることもできなかったチョコの包み。
投げ合ったせいでリボンが多少よじれてしまっている。
包みとリボンの間に挟まれたメッセージカード。
おそらく、誰かが海堂を思い書いたもの。
「大体、今日はバレンタインでしょ。女から男にチョコ贈る日だってのに何で男から、しかも他の女が贈ったチョコ貰わなきゃなんないわけ?」
成り行きで受け取ってしまったが、贈り主の想いを汚してしまうような気がして触れることができないでいた。
海堂を思い、誰かが送ったチョコレート。
親の敵のように睨みつけた後、おもむろに包みを掴んで壁に叩きつけようとする。
その手が高く振りかぶったところでピタリと止まった。
そのままゆっくりと手を下ろした。
改めて手に取った包みをじっと見る。
綺麗なピンク色の包装紙に、もっと薄いピンク色のリボン。
どちらも無地だがシンプルで品の良い感じがする。
きっと贈り主はセンスのいい、可愛らしい女の子なのだろう――ピンクがよく似合いそうな、自分と違い素直で可愛らしい…。
「…やっぱ明日返そう」
はかばんの中にその包みをしまう。
と、そのときひらり、と添えられたメッセージカードが落ちた。
「ヤバっ」
慌ててそれを拾う。
綺麗な字。
チラッと見えた名前に目を留めそれに目を落とす。
大きく目を見開いた。
鞄に入れてあったチョコを取り出しコートを羽織るとは家を飛び出した。
こんなに暗くなってからどこ行くのっと心配する母親の声が聞こえた気がしたが、そのまま彼の家へと向かい、息を切らせたままチャイムを押した。
『
海外では男からも贈ると聞いたから
これをお前にやる』
そんなメッセージの一番下に小さく書かれた言葉。
『男から気持ちを託しちゃ悪いってわけじゃねぇだろ』
不器用な男の精一杯のメッセージ。
(Fin.)
反省文
海堂夢いかがだったでしょうか?
笹間のイメージとは違った海堂となってしまいました。
小さくかかれたメッセージみたいなことは照れ屋な彼は言わないでしょう。
まぁ…バレンタインものということで…少しくらい甘い言葉を囁いて欲しいな、と思い…。
はははは…。
読んでいただきありがとうございました。
感想などいただけたら嬉しいです。
20040211
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