―、ちょっと来なさーい」

が自分の部屋で音楽を聞いていると、母親に呼ばれた。



「なにー?」

は返事をしながらベットから身体を起こす。



「いいから早く来なさい」

もう一度呼ばれて、 は読んでいた雑誌をその場に置くと、しぶしぶ母親の声がした方へと向かう。



「何?…あっこんばんは」

が玄関に行くと、母親と、乾の母親が立っていた。



昔、乾と遊んでいた頃はよくあったが、今ではお互い部活とか時間があわなくなって昔のように遊ばなくなったせいか、すっかり疎遠になってしまっている。

今ではたまに町内の用事とかご近所のお付き合いとかで道であって挨拶をする程度になってしまっているが、昔乾の家に遊びに行くと優しく出迎えてくれたので は乾の母親の顔を覚えていた。



「お久しぶりです」

はペコンと頭を下げる。



「あぁ ちゃん、ゴメンネ、突然こんな遅くに…」

乾の母親は本当にすまなそうにそう言う。

乾の母親は何かそわそわして落ち着かない感じで、明らかに様子が変だった。



「あんた、貞治君見なかった?こんな時間になるのに帰ってこないんですって」

母親が口を開く。



「…部活とかじゃないんですか?」

が乾の母親の方を見て尋ねる。



青学のテニス部はこの辺りでは有名な強豪チームだから、きっと練習時間も遅くまでかかるのだろう…ましてレギュラーならますます、と思って。



だが のその言葉に、パコンッと母親が の頭を思いっきりはたく。



「馬鹿。いくら何でもこんな時間までかかるわけないでしょ」

はたかれた頭を抑えて恨めしげに母親を睨みつける



時計はあと少しで日付が変わりそうな時刻。

確かに言われてみれば、いくら練習時間が長くても中学校の部活がこんな時間までにはならないだろう。

自分の思慮の浅さを反省して、 は居心地悪そうに自分の頭を掻く。



「ごめんなさいね。でもこんな時間まで帰ってこないなんて初めてもんだから…」

そういって、涙を浮かべるのを見て は傍にかけてあった自分の上着と父親のそれを手に取る。



!?」

その行動を咎める様な母親が声を出したが、 はそれを無視して乾の母親に微笑む。



「私、ちょっと探してきます。携帯持ってきますからもし帰ってきたら連絡ください」

そう言って家を飛び出す。



ちゃんっ!!」

っ!女の子がこんな時間にっ!!」

2人の声が聞こえたが、 は自転車にまたがると風のようにその場を後にした。















は乾が行きそうな場所を探し回った。

何度か母親から電話とメールがあったが、「見つけるまで帰らない」と押し切った。



ゲームセンター、カラオケボックス、ショッピング街、駅前…。

は普段自分が行く所を回ってみる。

同い年のやつなんてのが行くのは大抵そんなところだろうと思ったから。



しかし乾の姿はそのどこにもなかった。



「ったく、どこ行ったんだあいつは…」

誰に言う訳でもなく、 は小さくそう呟いた。

そして、以前に同じような気持ちになった事を思い出す。



「…もしかして、あそこに」

は再び全速力で自転車をこぎはじめた。















長い階段を上った先の公園。





が階段を登り終えると街を見下ろせる柵の傍に細長い影が見えた。



「乾っ」



その声に影がこちらをゆっくりと振り返った。



「… 、か」

そう言うと、乾は再び街の方へと向き直ってしまった。



「何やってんだよ、オバサン心配してるぞ」

そう言って は乾の傍に行くと腕を引っ張った。

しかし、乾は街を見下ろしたままその場を動かない。



「乾」

は先程より強めに乾の名前を呼んだ。



「…」

しかし、乾は無言のまま街を見据えたまま、やはり動こうとはしない。

は、そんな乾を見上げて小さくため息をついた。

そして、もってきた父親の上着を乾の方にかけてやる。



「… ?」

ようやく の方を見る乾。



「…夏だからって夜は冷えるからな。それ着てろよ、あんたにはちょっと小さいかもしれないけど、ないより少しはましだろ?」

そう言って今度は、 が乾から視線を逸らし街の明かりを見つめる。

乾も再び街の方へと目を向けた。



「綺麗だな」

街の明かりを眺めてぽつりと が言う。



「そうだな」

乾が答える。



「昔、ここでこんな風に夕陽眺めた事、あっただろう」

そう言って は乾を見上げる。



「あぁ」

乾は相変わらず街の方を見つめている。



「あんたが、おばさんが自分より仕事のほうが大切なんだって言って拗ねて家出した時だよね」

そう言って はその当時を思い出してふっとふきだした。



「…そうだったかな?」

乾が居心地悪そうに眼鏡の位置を直す。



「そうだったんだよ」

そんな乾の様子を見て面白そうに はくすくすと笑った。



「あんた、何かあるとここに来るんだよね」

そう言って は乾から街の方へと視線を戻した。



「…」

乾は静かに街を見つめている。



「…何か、あったのか?」

先程の思い出話時とは違った声のトーンで が尋ねる。



「…」

乾は黙ったまま、ただ街を見ている。



「自分に都合の悪いこと気かれると黙る所も変わんないよね」

そう言って は相手に聞こえるように小さくため息をついて見せる。



「…今日、レギュラーから落ちた」

乾は静かにそう言った。



「えっ…」

驚いて は乾を見上げる。

しかし、周りが暗いこととあの眼鏡によってその表情は読み取れない。



「ランキング戦で1年と2年のやつに負けてな」

その声からは悔しさも悲しさも読み取れない。

ただ淡々と事実を口にしているという感じだった。



「乾が!?」

「…あぁ」

呆然とする

しかし、ふっと小さく息を漏らすと乾に優しく微笑んだ。



「そっか」

そして は街を見つめる。



「…あぁ」

乾が小さい声で答えた。



その後しばらく会話が途切れる。

2人はただ街の明かりを眺めていた。





ちゃららら〜





突然、そんな静寂がやぶられる。

の携帯がなった。



「もしも…」



「あんた今どこ?もう、早く帰ってきなさい。貞治君と違ってあんたは女の子なのよっ!貞治君のお母さんも明日の朝一番で警察に行くって言ってるから、あんたはもう帰ってきなさい」





ガチャン。





母親は言いたい事をまくし立てる形で電話を切った。

携帯を握ったまま呆然とする

電話の声が聞こえたらしく、横で面白そうに乾が笑っている。

そんな乾を睨みつける



と、次の瞬間 は乾の腕の中に収められる。

そして の耳元でこう囁かれた。



「ありがとう」

そして、乾は を解放した。

何が起こったか分からず は目を見開いて乾を見上げる。

そんな を見て乾はふっと笑みをこぼした。



「悪かったな、帰ろうか」

そう言って何事もなかった様に乾は歩き出した。



「あ、こら、待てよ。なんだよ、さっきのはっ!」

は慌てて乾の後を追いかけた。





その後、 がいくら乾を問いただしても、犬は涼しげな笑みを浮かべるだけだった。





余談。

家に帰った2人は、当然のことながら親からこっぴどく怒られた…らしい。
















反省文

旅立ちの前に(手塚夢)をupしてから無償に書きたくなって書いてしまいました。
レギュラー落ちしてすぐに何事もなかった様にサポート役やってますがかなりへこんだと思うんですよね。
3年生ですよ。
今年で終わりって時にレギュラー落ち。
辛かったんじゃないかなぁ…と。
でもそれをバネにした彼はとってもかっこいいと思います。
…見習いたいものです。
ってか見習え、自分。










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