「集合っ!」

いつものように手塚の声がコートに響き、部員たちが集まる。

いつものように練習が始まる。

「…では、各自練習に入れっ!!」

乾からそれぞれの練習メニューが告げられ、部員たちは再び散っていった。





手塚が の名前を呼ぶ。

「ん?」

練習用のコーンを定位置に準備し終えた が顔を上げた。

秋も深くなっているというのに、うっすらと汗を浮かべている。

「すまんがスコアブックを持ってきてもらえるか?」

手塚の持っている書類に はチラッと視線を落とし、再び手塚を見上げる。



「校内戦?」

書類を指差したずねる。

「あぁ。そろそろ来月のを決めておかんとな」

手塚はほんの少し書類を持ち上げる。

ランキング戦の白紙の総当たり表。



「ん、わかった。すぐもってくる」

手塚に背を向けすぐに駆け出そうとする

「いや、帰りまでに出しておいてくれればいい」

そんな に慌てて声をかける手塚。

は振り返って手塚に笑みを向けた。

「いいよ、すぐ持ってくる」

「そうか…では頼む」

淡々と言葉を交わし、手塚はコートへ は部室へと分かれる。



どこからどう見てもテニス部部長とマネージャーの会話だ。

部長とマネージャーなのだから当然といえば、当然の会話なのだが…。

数週間前まではた迷惑極まりないほど振りまくられていた甘い空気は限りなく薄くなっている。



「ねぇねぇ大石〜」

そんな2人の様子を見ていた菊丸が隣で練習していた大石のジャージの袖をつんつんと引っ張った。

「ん?」

大石は素振りをしていた手を止めて菊丸のほうを振り返る。



「なんかさぁ…どうなの?」

小さな声で菊丸が大石に尋ねる.

菊丸の問いに一瞬大石の頭の上に疑問符が浮かんだが、流石はゴールデンコンビ。

菊丸が何を言いたいのかを読みとり、ふっと笑みをこぼした。



「どうって…いつもと一緒だろ?」

そう言って大石はコートの反対側にいる菊丸いわく“どうなってるかわからない人物”の一方へと視線を移す。



が、



「痛たたたっ英二、痛いよ」

耳をつかまれて強引に顔を元の方向に戻された。

「そうなんだけど、何か違うんだよぉ〜」

持った耳をそのまま他には聞こえない程度の声で菊丸が大石の耳元で小さく訴える。

別に秘密話をしている、というわけではないが、こういう話題は本人が話しに加わっていない場合は声が小さくなる。

「あの2人ちゃんとうまくいってんの?どうなの?」

「うまくいってるだろう。喧嘩した様子もないし…それに俺に聞かれても…って痛っ。英二〜」

大石の答えを聞いて、耳をつかんだままじれったそうにじたばたする菊丸に大石が悲鳴を上げた。

「あ、ごめん」

大石の悲鳴にはっと我に返り菊丸は大石の耳を開放した。

「いや…大して痛くないから大丈夫だよ」

大石は痛さからかやや涙目になっていたが、耳を押さえたまま何とか菊丸に笑顔を向けた。



「あの2人なら問題なって。心配性だな、英二は」

そう言って大石は、はははっとさわやかに、耳を押さえながら、笑う。

「むぅ〜」

内心菊丸は『大石には言われたくないっ』と思ったがそれは口には出さずに、ただ恨めしげに大石を睨みつけるだけにとどめた。

大石はそんな菊丸の胸のうちを知ってか知らずか、ぽんっと軽く菊丸の肩を叩いて微笑んだ。



「落ち着いたってことだよ。公私混同は元々あの2人の嫌うところだしね。……ここでの2人と2人だけのときのあの2人が同じだとは限らないだろ」

大石が自分のことのように嬉しそうに笑う。

「そんなもんかにゃ〜…ま、いいか。俺にはよくわかんないけど、大石が大丈夫って言うんならきっと大丈夫なんだろ?」

菊丸の顔も笑顔になり、大石と2人笑顔をかわす。

ちょうどその時スコアブックを腕に持った がコートに戻ってくるのが見えた。

はそのまま手塚の元へ行き、二、三言葉を交わす。



と。



「会長〜」

コートの外から声がかかる。

聞きなれた黄色い歓声ではなく、今にも悲鳴に近い少女の叫び声。



「…手塚」

は横でスコアを見ていた手塚を見上げる。

手塚が小さく息を吐き出した。

手塚がチラッと のほうへ視線を移す。

はそれを見て苦笑しながら、声のほうを指差し、ひらひらと手を振る。

とっとといけ、と言葉でははくジェスチャーで伝える。

「…」

2,3秒だったろうか、手塚は眉間にしわを寄せたままそんな のしぐさを見ていたが、

「会長〜っ」

今にも泣き出しそうなその声に、もう一度、今度は大きく息を吐き出してた。



「…すまん、行ってくる」

スコアブックを にわたすと、ようやく声のほうへと向かった。

フェンス越しに大きな手振り身振りで何やら手塚に訴える少女。

あの様子だと相当切羽詰った状況らしい。



少なくとも、少女の中では。



手塚が少女の話を聞いて、眉間にしわに手を当てるようにして眼鏡の位置を直している。

あれは相当不機嫌だな、そんなことを思いながら、な様子を見守る。

大石が手塚の元に駆け寄るのが目に入った。

少女を交えて3人で何やら言葉を交わす。

いや、手塚が何やら大石に話しているといったほうが正しいか。

大石は手塚の言葉に大きくうなずく。

手塚は、もう一度ちらっと のほうを見手からコートを出て行った。

少女が申し訳なさそうに大石に頭を下げてその後に続く。

は何やら疲労感を感じ、ふっと息を吐き出した。



「今手塚を呼びに来たのはのは2年の塚越だな。生徒会書記をやってる」

突然、後ろ斜め上から声が降ってくる。

は視線だけ斜め後ろに向ける。



「乾、か。突然後ろに湧くのはいい趣味とは言いがたいなぁ」

後ろに立つ人物を確認した後、口元にだけ笑みを浮かべてはそういった。

「…人を虫か何かのように言うのもどうかと思うよ」

の視線の先にはには開いたノートを手にしている乾の姿。

乾はそのまま数歩進んで、の横に並ぶ。



「練習は?いいのか?」

はそういった後、コートへと視線を戻してしまった。

さんと話してても問題ないよ。手塚もいないし、走らされる可能性は限りなく0に近いからね。それにただ話しているんじゃなくて、データを取ってるし」

コートのほうを向いたまま乾が答える。

「0に近いってことは完全に0じゃないんだ」

からふっと笑みがこぼれた。



「…2年11組塚越美里。現・生徒会書記で次の副会長有力候補。…半年ほど前から副会長の佐藤と付き合ってる」

「何だ?突然…佐藤と美里ちゃんが付き合ってるのなら知ってるよ」

はいつもよりほんの少し視線を鋭くして乾を見上げる。

「そうか。…おそらく佐藤が仕事に追われているのを見かねて手塚のところに来たんだろうな。佐藤は冷静に仕事を見極めれるが、彼女はまだその域まで達していないから…………生徒会の仕事に問題が起きたとしたら、手塚も会長として行かない訳にはいかないだろう?」

乾はそう言って のほうに苦笑を向ける。

が、 の鋭い目を見て、乾は眼鏡越しにコートのほうへと視線をはずした。

居心地悪そうな乾を見て、 の視線がいつもの穏やかなそれに戻る。



「…乾は私が妬いてると思ったのか?」

いたずらっぽい笑みを浮かべつつ は乾に尋ねる。

「…そう見えた。少なくとも手塚が大石に部活を抜けると伝えたあたりは、さんの目が…いつもとは違ったからね。俺には手塚にいくなっていってるように見えたよ」

やや間が空いてから、前を向いたまま乾が答える。



「そうか」

その答えに はふっと笑みをこぼす。

も視線をコートに向ける。

そこでは、他の部員たちがボールを打ち合っている。

「…言いたいことは言葉にしないと伝わらないぞ。物分りがいいというのもいいが、素直に感情を伝えたほうがいい場合もある。…そうできないことも多いと思うが、不安要素は少ないに越したことがないだろ?」

乾はパタンとノートを閉じてコートのほうへ歩き出した。



「そう、かもな。」

はやや視線を伏せ、小さく呟いた。










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