体調を崩してしまった彼の見舞いに来たはずの少女。
しかし、先程から少女の口から出るのは彼に対する文句ばかり。
そうしてしまうのは、決して彼に対しての苛立ちからだけではない。
本当は体調を崩してしまった彼のことが心配でたまらないのだが、天邪鬼な彼女は素直にその感情を彼に表せないから。
「……」
何やら小さく呟いて、彼は少女に背を向けて布団にもぐりこむ。
彼の呟きは小さすぎて彼女には届かない。
「また黙り込む。いい加減そのくせ直せよ。」
はぁ〜と、相手に聞こえるようにわざと大きくため息をつく少女。
「…」
返事をしない彼を少女はじっと睨む。
「あんた、そういうとこ直した方がいいよ、本当」
ちょっときつめに少女はそう言った。
「…」
彼はなおも少女に背を向けたまま。
少女はますます不機嫌になる。
「あたし、あんたのそう言うとこは嫌い。…何考えてるのか分かんない」
そう言って今度は少女の方が拗ねたように彼から視線をそらす。
「…それはお互い様だろう」
ようやく彼は口を開き布団から顔を出し、少女の方を振り向く。
だが、彼女の方は彼から顔を背けたまま。
「…俺にはお前の方が何を考えているのか分からん」
表情を変えず少女を見つめ、彼はそう言った。
「「…」」
沈黙。
それからしばらくお互い一言も言葉を発しない。
静寂が部屋を占拠する。
道を通る車の音。
どこからか聞こえるテレビのバラエティらしき笑い声。
部活帰りであろう若者らしき声。
「…帰るよ。邪魔したな、お大事に」
少女は鞄を持って立ち上がる。
少女が彼の方へ視線を移した。
ようやく2人の視線が交差する。
が、すぐに少女は彼に背を向けるとドアノブに手をかける。
「…やっぱりあたしには、あんたがあたしに何を気付いて欲しいのかなんて分かんないよ…悪いけど。でも、それだってお互い様じゃないか。あんたも、"気付きもしない"んだよ」
彼がその言葉を聞いて目を見開く。
彼が彼女に何か言おうとした瞬間、扉は閉められた。
彼はそれをしばし呆然と見つめていたが、眉間にしわを深くして再び布団にもぐりこんだ。
そして、お互い小さくため息をつく。
どうしていつもこうなってしまうのかと。
「さん、悪いんだけど、次の練習でさ、これを…」
「さーん、スポーツドリンクきれたっスよ」
「ちゃーん、バンソウコウ」
「先輩、こっちも」
今日も彼女――男子テニス部マネージャー・はあっちへこっちへ急がしそうに走り回っている。
「分かった、すぐ行くからちょっと待ってろ。全く、次から次に…」
そう悪態をつきながらも、は1つ1つ仕事を確実にこなしていく。
時折、部員達に微笑み、時折叱咤しながら。
「、すまんが…」
後ろから再びに声がかけられる。
「次は何…」
あまりの忙しさに少々憤りながら、は怒鳴りながら振り向く。
そして、後ろに立っていた人物を見て固まる。
後ろに立っていた人物は…。
「あっ…手、塚…」
青春学園中等部男子テニス部部長・手塚国光。
「、すまんがこれから試合形式の練習をするから各試合のスコアをまとめておいてくれないか?」
「…あぁ、分かった」
手塚はファイルを差し出し、がそれを受け取る。
その間一度も2人は視線を合わせない。
「…頼んだぞ」
そして、気まずげにそれぞれ離れていく2人。
いつもだったらお互いにかわされる笑顔も一度も見られない。
「…どうかしたのかなぁ、あの2人」
不思議そうに首を傾げ河村は隣りにいた不二に話し掛ける。
「う〜ん、さっきからどう見ても様子が可笑しいよね。あの2人の間で何かあった…のかな?」
2人を見つめつつ、そう言ったのは不二。
「もしかしてようやく付き合いだしたのかな?」
ぱぁぁと河村は満面の笑みを浮かべるが、次の瞬間。
「…って雰囲気でもないよね」
と自分の言っていた事を打ち消し、しょぼんとしょげかえる。
そんな河村を見て苦笑する2人。
確かに2人の間を流れる空気は照れくさいとか恥ずかしいというよりも喧嘩してしまった後の気まずさに似ているように不二の目には見て取れる。
『思いっきりこじれちゃってるみたいだね。このままじゃ駄目かもしれないな、お互い素直になれない性格だし』
そう心の中では思いつつ、しかし、隣りであまりにしょげ返っている河村を見てフォローの言葉を口にする。
「タカさん…もしかしたら、これも2人にとってはこれも必要な事かもしれないよ。少なくとも今までとは何か違うわけだし。2人にとって前に進んでるのかもしれないでしょ?」
そう言って河村ににっこりと微笑む不二。
「そうかなぁ」
不安にそう言う河村。
「タカさん、よっぽどあの2人のことが心配なんだね」
「もちろん。だって、あの2人ってお似合いじゃない?ねぇ、不二、知ってる?手塚ってさんのことになるとすっごくかわいいんだよ」
にこにこと嬉しそうに話し始める河村。
「手塚がさんを好きなのも、さんが手塚を好きなのも傍から見てるとすっごく分かるしね。…本当お互い部活とかにはあんなに周囲の事見てるのにさ、どうして恋愛にはこう鈍いんだろうね」
そういって河村は困ったもんだよね、とため息をついてみせる。
不二は内心『恋愛のことに鈍いってタカさんにはあの2人も言われたくないだろうな』と思ったが、そんな事は微塵も表には出さない。
その代わり、
「タカさんは本当二人の事心配なんだね」
と、笑顔を向ける。
「そうかな?そんな事…ないと思うケド」
なぜかちょっと照れたように頭をかく河村。
そんな河村を見て不二は楽しそうにくすくすと笑う。
「何かさ、あの2人見てると何でお互いもっと素直にならないのかとか、どうしてもう一歩を踏み出さないのかとか、このままじゃ上手くいかずに終わっちゃうんじゃないかってさぁ…」
何やらもどかしそうに言う河村。
「確かに。見てるとそんな感じだよね、あの2人は。まったくタカさんのお人よしにも困ったもんだね…しょうがないな。今回はちょっと僕もおせっかい…してみようかな」
不二はそう言って視線を反対側のコートの方へ向けた。
部活OFFの日曜日。
乾は、ある家のチャイムを押した。
「は〜い」
中から聞きなれた声で返事がして、がひょこっと顔を出した。
「あぁ、乾いらっしゃい。早いね。ちょっと待ってて」
乾を玄関に招き入れると、は一旦家の奥の方へ入り、上着を羽織りバックを持つと乾の所に戻ってきた。
「おまたせ…しっかし、意外だったなぁ。乾からあんなこと言われるなんてさ?」
靴を履きながらくすくすと笑ってそう言う。
「そんなに意外かな?」
そう言って乾は笑顔をに向ける。
「うん、何か意外だった。でもこうして出かけんのも嫌いじゃないから。いい気分転換になるし。あたしもちょうど乾に聞きたいことあったからね…よし。じゃ、行こうか」
そうして、2人は並んで歩き出した。
一方、その頃の手塚は、自分の家の居間でのんびりと本を読んでいた。
今日は部活が無いのでゆっくりと身体を休めようと思ったのだが、先程から落ち着きなく電話の方に視線を送っている。
時計を見て、電話を見て、また時計を見る。
それを何度も繰り返している。
落ちつかない。
この前のに言われた言葉がずっと手塚の頭の中をぐるぐると回っていた。
『何故あの時すぐにを追いかけなかったのか、もしあの時あの言葉の意味を聞いていればこんな思いもせずに、また、こんな気まずい状況にもならずにすんだろうに』
と手塚は後悔していた。
その時、ピンポーンというチャイムの音がして、手塚の心臓がドキッとした。
慌てて、玄関に飛び出す。
もしかしたら…という思いで手塚は玄関のドアを開ける。
「やぁ。…ってどうしたの?手塚」
しかし、そこに立っていたのは、今、手塚の心を支配している人物ではなかった。
ひらひらと笑顔で手を振っている不二を見た途端、手塚は体中の力が抜ける気がして、思わずその場に座り込んでしまった。
そんな手塚を心配そうに不二が覗き込む。
「…えっと、予定がなければ、ちょっと付き合ってもらおうと思って来たんだけど…」
肩にはテニスラケットが持たれている。
『かと思ったが、そんな都合よく来る訳ないか…』
がっかりした思いを無表情の下に隠し、手塚は不二の方に向き直る。
「ごめん、何か予定が入っていた?」
「いや、今日は特に予定は入れていないが…」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってよ?」
にこっと微笑む不二。
『このまま、家に居ても、を誘えるか分からないしな…。』
本当は、手塚はとこの前のことについてきちんと話をしようと思っていた。
が、未だに連絡も取れていない状態である。
自分はこんなにも行動力のない人間だったのかと多少切なくなりつつ、手塚は小さくため息をつく。
「だめかな?」
不二はその様子を自分の申し出の拒否であると見たらしい。
「いや、行こう。それで、どこに行くんだ?」
そんな訳で、手塚は不二と出掛けることにした。
「河川敷のコートに行こうかなっと思ってたんだけど…そこでいいかな?」
「あぁ」
「あっメールだ。ちょっと待ってね、今返信しちゃうから?」
「あぁ」
不二がメールを打ち終えると、2人はラケットを持ち出かけていった。
■戻■