青春学園中等部男子テニス部。





「集合っ!!」

いつものように、手塚の声がコートに響く。



「あっれー大石はぁ?遅刻か?へっへーグランド10周♪」

パートナーがいないことに気付き、菊丸が大声を出す。



「大石は委員会のため遅れると報告は受けている。練習に入るぞ。今日のメニューは…」

部員達に指示を出し、練習を開始させる。



「?」

そんな部員たちの様子を見て、1人首を傾げる少女――男子テニス部マネージャー



彼女の鋭い視線の先にあるのは部員達にてきぱきと手際よく指示を出している手塚の姿。

一見いつもと変わりない見慣れた普通の光景。

しかし、はどこか違和感を感じていた。



『…何か、今日の手塚、変だ』



やたら、手をこめかみに当ててため息ばかりついているし、眉間のしわがいつもより濃くて…何となく顔色も良くない気がする。

そうして見ていると、今日の手塚は何かに必死に耐えているようにも思える。

そんな手塚の異変に気付いているのは今の所、のみのようだ。



「おい、手塚」

はほかの人間に気付かれないようそっと横に移動し、コートに視線を向けたまま手塚に話し掛けた。

その声は手塚にのみ聞こえるくらいに抑えられている。

突然声をかけられ、手塚は怪訝な顔をし、の方を一瞥したが、すぐに視線をコートのほうへ戻す。



「…何だ?」

低い声。



「今日のお前、何か変だぞ」

「…何を言っているか、よく分からん」

口ではの問いは否定したが、眉間のしわを一層濃くした事が肯定を示す。

眉間は口ほどにものを言うのだ。



手塚の場合。



3年間一緒に部活をしてきて、一見無表情な手塚の不器用な感情表現も少しわかるようになってきた。



「…傍から見てて物凄く体調悪そう。具合悪いなら今日は無理せず帰った方がいいんじゃないのか?」

そう言ってはちらっと手塚の方に視線を向ける。



「…大丈夫だ」

手塚はそう言うが、近くで見ると顔色が悪いだけでなく、なにやら嫌な汗をかいているのも見て取れる。

こうして立っているだけでも相当辛いだろうに練習に参加するなんてどだい無理な話だろう。



乾によってたてられたレギュラー陣用の練習プランをこなすのは体調が万全であっても相当きつい。

体調不良でそれをこなそう何てどだい無理な話だ。



「いいからお前、今日は帰れ。無理は禁物だぞ」

「…」

手塚は、前を見たまま、返事は無い。



「都合が悪くなるとすぐ黙り込む。お前の悪い癖だな」

「…」

返事をせず、また、一向に帰ろうともしない手塚には聞こえるようにため息をつく。

こんな状態の手塚はが何と言おうとも聞きはしない。

ほかの人間にいわせれば、だから、手塚は聞こうとしないのだが。



「…部活のことが心配なのは、分かるけどさ、大石もすぐ来るだろうし、他の3年もいるんだから」

「…」

「ちょっとは任せても大丈夫だって…信用してくれてもいいんじゃない?」

「…」

「責任感あるのは手塚のいいとこだと思うけど、無理してまで仕事することないんだぞ」

「…」

「…お前、よく無理するから、見ていて不安だよ。部長任されてるからって、そんな肩張って無理する事ないんじゃないのか?そんなじゃ、お前いつか押しつぶされちゃうんじゃないかって、あたし、心配だよ」

のその言葉を聞いて手塚は目を丸くする。

眉間のしわが消える。



「…心配、か?」

今まで、黙っていた手塚がようやく口を開いた。



「当たり前だろ。マネージャーが部員の健康を気にしないわけがないじゃないか」

そんなの言葉を聞いて先ほど一瞬薄くなった見面のしわが再び濃くなり、手塚の顔がますます険しくなる。



「…お前は、何も分かっていない」

そして、今度は、手塚が聞こえるように大きなため息をついた。

そしてコートからの方へ視線を移し、正面からを見据える。



「俺が、ここにいるのはただ部長を任されているからと言うわけではない。…お前は俺の事を何も分かっていないんだな」



「…わかって、ない?」

そう言われて、なぜかショックでは言葉を続けられなくなる。



「お前は…気付こうともしないんだな」          

そう呟いて手塚はに背を向ける。

だが、その呟きは小さかったための耳には届かなかった。



「…そっか。ごめん、余計な、お世話だったかな…じゃ、これ以上言わないからさ。悪かったな」

何となく居心地の悪さを感じて、は手塚から離れコートのほうへ戻っていった。



離れてから手塚とはほぼ同時に小さくため息をついた。

どうしていつもこうなってしまうのだろうか、と。



そんな時、委員会を終えた大石がコートに入ってきた。

そして、すぐいつもと雰囲気が違う事を察して、手塚の方へ行く。

それから、何やら大石が声を荒げるのが聞こえて、観念したように手塚がコートから出て行った。



そんな手塚の後ろ姿を見つめる

小さくため息をつく。



「どうした?ため息なんかついて」

そんなに乾は声をかける。



「…手塚、大石の言うことなら聞くんだよね」

ぼそっとそう言う



「?」

突然、何の事かと首を傾げる乾。



「それって大石は手塚の事分かってるからなのかな?」

真剣な目で乾を見上げる



「何が言いたいんだ?」

そう訊き返す乾にはさっきの手塚とのやりとりを話す。



「なるほどね」

乾は眼鏡の位置を直し、その眼鏡が意味ありげにキラーんと光る。



「…若いな、手塚」

そう言ってにやりと笑い、ノートに何やら書き込む乾。

そんな乾に、はただならぬ気配を感じて1歩後ずさり、話してしまった事を少し後悔する。



…ゴメン、手塚。いけないことしたみたいだ。       

なんか、乾、新たにデータ加えてるし。



心の中で、手塚に謝罪。



「…こ、怖いよ、乾。頼むから、戻ってこ〜い」

絞り出すような声でそう言う



「失礼な」

パタンとノートを閉じて乾はの方を見る。



「せっかくアドバイスしてあげようと思ったのに。そんな事言うなら考えさせてもらうよ」

その言葉に慌てる



「ゴメン、乾、怒らせるつもりはなかったんだ」

そんなに満足げに頷く乾。



「人間素直が一番だよ…さっきの話を聞いてて思ったんだけど、確かにさんはは手塚の事をよく見ているけど、分かっているわけでは無いのかしれないね」

乾の言葉にどーんと落ち込む



「まあ、人の全てを分かろうなんて無理な事だ。…もちろん、それは手塚も分かっているだろうけどね。ただほんの一部大切な部分を君に気付いて欲しいんだよ」

その言葉に顔をあげる



「部員の体調不良に気付く事はマネージャーとしては大切な事だと思うけど、もっと気付きべき点がある、そう俺は思うよ」

再び眼鏡の位置を直しつつ乾は楽しそうにそう言った。



「何だか乾の方が手塚のこと分かってるみたいだな…と言うより、あたしが分かってないだけなのか」

悲しげに目を伏せるに乾は先程の怪しい目とはうって変わって優しい光を帯びた目を向ける。



さんの場合本人だから分からないのかもしれないね…俺としてはそんなに焦る必要もないと思うんだけど。今の状態は実に興味深いものがあるし面白いデータが次々に取れるからね」

「?」

データノートを見ながら飄々とそう言う乾の言葉に首を傾げるを見て、乾はまた面白そうに笑う。



「知りたい?…答えはあげれないけど1つだけヒントをあげよう。どうして手塚がそんな無理してまで部活に出てきたのかもう少し考えてやるべきだな」



「…乾の方が何が言いたいのか分かんないよ」

は眉間にしわを寄せる。



「簡単に答えが出たら面白くないだろ?ちょっと考えれば…分かりそうなものだと思うんだけどね」

そう言って、乾はコートの方へ戻っていった。



「…何なんだよ、一体」

後に残されたはちょっとふてくされたように口を尖らせた。










■戻■