「あ〜…疲れた」

昇降口を出ると大きく伸びをした。



この日、は祖父に連れられ、編入試験を受けに行った。

3時間ほど時間がかかるので、付き添いでついてきてくれた祖父は家に帰ってもらっている。



「帰ろう」

今日の夕食はなんにしようか、などと考えながら、校門へと向かう。



が、その途中で足を止めた。



ポーンポーンと聞きなれた音が聞こえる。



「…」

そのまま音のするほうに足を向ける。

音をたどっていく。



歩いていたはずが知らず知らずのうちに駆け出していた。



校舎の角を曲がって見えたのは、テニスコート。



はふっと目を細めた。



コートで、誰かが打っている。



あ、この人うまい。

フォームも綺麗だし、スピードも結構ある。

それに…。



があまりに熱心にコートを見つめていたせいか、相手が に気付いて振り返る。



「何か用か」

愛想のあの字もない実に尊大な物言い。



低いけれど、通る声。



見た感じ年上のようだ。



大人びているから、高等部の先輩かもしれない。



いやいや、もしかしたら顧問の先生かもしれない…。



「い、いえ、あの、えっと、テニス上手ですね」

突然、声をかけられて、なんと応えていいか分からず、頓珍漢な答えを返してしまう。

相手が、明らかに呆れた様子で自分を見ている。

気まずさを感じて、は慌てて口を開く。



「あの、今日、俺、編入試験だったんです。試験終わって帰ろうと思ったら、ボールの音がしたから、つい足が向いてしまって…練習中断させてしまって、済みませんでした」

ペコンと頭を下げる。



「…別に構わんが」

「じゃ、あの、失礼します」

再び頭を下げて、向きを変え、走り出そうとすると、相手に呼び止められた。



「待て。」

振り向くと、相手が目線をそらしつつ言葉を発する。



「……テニスやるのか」

ラケットの張りを確かめるようにラケットをいじりながら彼は言葉を続ける。



「はぁ。あっと。えっはい。いや、あの、今はやってないんですけど、前の学校ではテニスやってたんで」

突然の問いに戸惑いつつ答える。



「…ちょっと、打っていかないか」

彼が顔を上げた。

その視線は真っ直ぐに向けられる。



「え、でも」

「急いでいるならいいのだが、その、なんだ、相手がいないしな」

どうやら、気を使ってくれているらしい。

あまりに熱心に見ていたせいだろうか。

その不器用な物言いにはフッと顔をほころばせた。



「…そう、ですね…ラケット、お借りしても良いですか」

彼からラケットを受け取る。















やはり彼は、強かった。

コントロール力は抜群。

ボールも重く、早かった。

しかし、も負けてはいない。





久々に足のことを忘れて、集中してテニスができたためか、ゲームには僅差ではあるが勝った。



「あー楽しかったぁ。こんなに楽しいテニスは本当、久々ですよ」

満面の笑みを顔に浮かべては彼の方をむいて言った。



本当こんなに楽しいのは、こんなに笑ったのはどれくらいぶりだろう。

久々にテニスをした気分がして嬉しかった。



「強いな」

試合前は無表情であった彼の顔がかすかに緩んでいる。



「貴方も。特にサーブが強烈でした」

そう言っては微笑んだ。



「それでも返してきただろう?」

「アレで返せたって言うんですかねぇ〜、だいぶ打ち上げてましたよ、俺」



「……お前、名前は?俺は中等部2年の手塚国光だ」

中等部の人だったのか、高等部の人だと思っていた は内心驚いたが、それは笑顔の下に隠した。

です。中等部の1年…への編入試験を受けてきた所です」

「そうか、ここにきたら、テニス、してみないか」



「……」



突然の手塚からの申し出に の顔が一瞬引きつる。



「……嫌か?」



「……考えときます。とりあえず、試験が受かってませんとね。じゃ、俺そろそろ行きます。どうも、ありがとうございました」

そう、悪戯っぽくは笑ってラケットを手塚に渡し、政美はきびすを返して走り出した。



「…、か」

手塚はその後ろ姿を見て、そう呟いて、部室の方に戻っていった。















帰宅後、祖父たちと一緒に夕食を食べると は、これから独り暮らしをする家へ向かった。



一人暮らしには十分すぎる庭付き一戸建て。

少々古いが、広さは十分だ。

一人の空間に寂しさと同時になんとも言えない安堵感・安心感を感じる。



「人間不信なのかな」

誰に言う訳でもなく、小さく呟いてみる。



ふと、今日であった彼のことが頭をよぎった。

あれほどラケットを握るのが嫌だったのに、どうしてあの時彼の申し出を受けてテニスをしてしまったのだろう。

は自分自身を不思議に思いつつ、久々にテニスができた喜びを感じていた。



「……強い人だったな」

ソファーに身体をあずけて、天井を見上げ今日の事を思い返す。

また会いたいような、会いたくないような複雑な心境。



「……手塚さん…か」

は勢いをつけてソファーから起き上がり、タオルを持ってお風呂へと向かった。



久々にかいた心地よい汗を流すために。










■戻■