まだまだ、猛暑の厳しい時期に、は日本にやってきた。





ゲートを抜けると声をかけられた。



「お祖父様」

声がした方を向くとそこにはどこか威厳ある風貌の老人。

厳格な顔つきだが、その目はとても優しい。



「お久しぶりです」

「大きくなったのぉ」

下げた頭をくしゃくしゃと撫でられる。



その手がぴたり、と止まった。

不思議に思い、上目遣いに祖父の顔をうかがう。



「…相変わらず、その格好なんじゃな」

どこか、悲しげなその言葉に苦笑を返す。



「えぇ、まぁ」

「こちらでもその格好でいるのか?」



「…えぇ、まぁ」

頭上で小さなため息が聞こえた。



顔をあげ、祖父の顔を見ると再びため息をつかれた。

やれやれ、とでも言うように顎を撫でている。



「家元」

祖父の後ろに立っていた男が声をかける。



「うむ…では、。行くか」

そう言って祖父は歩き出す。

その後を慌てて追う



「そうじゃ。こちらの学校の編入の届けを出して置いた。わしの行きつけの店の息子が通っておってな、なかなかいい学校らしい。一応試験もあるようだから頑張れよ」

「はい」

2人は車へ乗り込む。



「…やはりその格好でなくてないかんのか?」

再び聞いてくる祖父に苦笑する。



「その方が…」

と言葉を切った。



「面白くないのぉ」

ほんの少し眉間にしわを寄せている祖父の顔。



「そうですか?」

「やはり着物の映え方が違うからのぉ」



「は?」



「それに種類も違う」

間が抜けたように口をあんぐり開けて祖父を凝視した後、くすっと小さく笑みが漏れた。



「何じゃ」

「別に」

くすくすと笑い続けるを見て老人は拗ねたように視線を上に向け、腕を組みなおした。



「…髪くらいなら少し伸ばしてもかまわんじゃろう?」

我慢できずにぶっと吹き出す。

声を抑えようとするので肩が大きく震えていた。



「…思いっきり笑ってもかまわんぞ」

そういう祖父の物言いが面白く、は声を出して笑った。



「何か、こんなに笑った、の、久し、ぶり」

息を整えながら言う。



「…そうか」

祖父はふっと微笑んだ後窓の外へと視線を移した。



「たまには、いいでしょう。着ますよ。オジイ様が選んでくださったものを」

「そうかっ?」

子どものようにぱっと顔を輝かせて祖父は振り返った。



「お祖父様と俺だけの楽しみなら問題ないでしょう。…それに万が一、誰かに見られても家元のお孫様、なら少しくらいそんなことをしても多めに見てもらえるでしょう」

そう言ってはにっこりと微笑んだ。















家に着くと祖父はもちろん、祖父の周りのお弟子さんたちも暖かく迎えてくれた。



特に、女のお弟子さん達は、大喜びだ。



伝統ある華道の家元の孫であり、世界をまたにかける大企業の息子であり、かつ、美形。

柔らかなその物腰から、もちろん性格も申し分なし…と思われる。



まさに、お婿さんにしたいナンバー1.



当然、お年頃のお嬢さん達(?)の目つきも変わろう、というもので。



「何か分からないことがありましたらいつでもおっしゃってくださいね」

「はぁ…」



「あらどちらにいかれるんですか?」

「えっと…ちょっと近所の探索に」

「まぁでしたらご案内しますわ」

「はぁ…」



「お孫様」



様」





「…」





過剰サービス盛り沢山。

常に傍には誰かがいる。



親切心、大いに結構。



でも



様〜」



「…疲れる」

トイレで大きくため息。















「…独り暮らしをしたいだと。」

「そうです」

当然のことながら祖父は怒る。

折角孫と暮らせると思っていたのに、孫は自分の元ではなく、独り暮らしをしたいというのだから。

は、そんな祖父をなだめながら、次を続けた。



「人がいれば、それだけ、僕のことが知れてしまう危険があります。危険は少しでも少ない方がいいですから」

祖父は絶句した。

確かにそれが、ばれてしまってはいけない。

「僕は、僕でなければならないのですから」

うう〜んと唸りつつ、祖父はしぶしぶ承諾した。

ただし、週に最低2回は自分の元にくるという約束を取り付けて。



「やっかいじゃな、なかなか。もっと普通の幸せもあるだろうに。だから、わしは反対したんじゃ」

そう、祖父は顔をしかめていった。



「そうですね。でも、僕は今の状態で充分すぎるほど幸せですよ」

そう は静かに微笑んでいた。















次の日祖父の名義でこれから生活する家を決めた。

惜しまれつつ、即急にはそこへと移った。










■戻■