本屋を出たのと雨が降り出したのとはほぼ同時だった。
それでも手塚は何とかなるだろうと小走りで表に出たのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
雨の勢いは増し、暗い空から尾とて繰る大きな雨粒はアスファルトを激しく叩いてはねる。
皮膚に当たると痛いくらいだった。
買ったばかりの雑誌が入った紙袋を雨よけにしてみたが、申し訳程度にしか役に立たなかった。
これじゃ詠まないうちにページがくたくたになったしまう。
手塚は観念して手近なお店の軒下に滑り込む。
時代を感じさせる洋風の喫茶店のポーチに滑り込み、身体を滴る水滴を払う。
けれど、すぐに無意味だと分かって止めた。
頭からずぶ濡れだった。
「傘を持たずに出たのはやはり失敗だったか…」
じと目で空を見上げ、雨音にかき消される位の声で一人ごちた。
雨の雫によってあたりは白灰色に染まっている。
降るんじゃないかとは思っていた。
でも、もしかしたら降らないかも知れない、降る前に帰ってこられるかもしれない。
傘を持っていけば確実だが、持っていって振らなかったら、それはそれで何故か悔しい気もする。
散々考えた末、手塚は賭けにでた。
傘を持たずに出かけたのだった。
そして、今、この有様だ。
情けないと言うか、とにかく悔しい。
傘を持たずに外にでて降られても悔しいやら、やっぱり傘を持って出かけるべきだったと今更ながら後悔する。
手塚は逃げ込んだ喫茶店をうかがった。
かなりの時間を感じさせるたたずまいの中、最近塗りだしたらしい薄黄色のペンキが鮮やかだった。
年季の入った木製のドアが1つ。
通りを一台の車が走っていった。地上にたどり着いた大量の雨水はタイヤが転がるたび高波のような飛沫を上げた。
鼓膜を打つ水の音が、つま先まで響く。
そう言えば朝は晴れてたなぁ。
ぼんやりと思い出す。
カーテンを閉め忘れた窓から差し込む太陽の熱に目が覚めた。
気付けばそこらじゅうで蝉が鳴いていた。
それを追いかける子どもはしゃぎ声がした。
それが今は、雨音だけ。
あれは本当に今日の出来事だったのだろうか。同じ一日とは思えないほど背景は変貌していた。
夕立一つで。
雨が降るさまを見るとも無しに眺めていると、背後でガチャリとノブを回す音がして手塚は思わず肩を震わせた。
振り返ると、そこには。
「生徒会長」
1人の少女が立っていた。
「お前は…うちの生徒だな?こんなところで何をしている?…校則でこういう店に入る事は禁止されているはずだが」
「…どうも」
なんと答えて言いのか分からず、とりあえず軽く頭を下げる少女。
手塚と少女はしばらくお互いに目を向けていたが、少女はくるりと背を向けて屋内に消えてしまった。
小気味よい音を立ててひとりでにドアが閉まる。
何だか取り残されたような気分になった。
こんな格好で入り口横に立たれたら店の人も迷惑だろうが、この雨では動くに動けない。
少々居心地悪くなりながらも留まっていると、再びドアが開いて再び少女が出てきた。
「…」
少女は無言のまま、タオルを手塚に差し出す。
手塚は、それをただ見ていたが、少女は手塚にタオルを押し付ける。
「…どうぞ」
掴んだ掌に柔らかい感触が伝わる。
ほのかに洗剤のいい匂いがした。
「風邪をひいたら大変ですし」
通りの方に顔に向けたまま少女は言う。
変に気を使ったところのない、ごく自然な様子だった。
おかげで、手塚も素直に好意に甘えようという気持ちになれた。
「すまない」
手塚はふっと口元を緩ませた。
こんな表情もできるんだ。と少女は思っていた。
壇上で挨拶するあのイメージが強くてこんな表情ができる人だとはこれまで少女は思いもしなかった。
手塚は紙袋を足元に置くと頭からがしがしと拭いた。
自分が思うよりも随分と冷えた水気が、繊維に吸い込まれていった。
「…帰る途中で降られたみたいですね」
「あぁ、図ったようなタイミングで降ってきた」
「それは…」
ふっと苦笑を漏らす少女。
視線を手塚が持っていた紙袋へと移す。
「…それ、雑誌みたいですけど…随分濡れているようですが中身は大丈夫ですか?」
「どうだろうな。まぁ、雑誌だから読めればいい」
「ちゃんと乾かして読んだ方がいいですよ。濡れたままページをめくるとすぐに破れますから」
「…経験済みか?」
手塚が聞くと、手塚は罰の悪そうな顔をして少女は視線を逸らした。
「…分かります?」
「リアリティありすぎるからな」
「…」
少女は恥ずかしいのか、頬をほんのり染めて視線を伏せた。
手塚はそんな少女から目が離せない。
そんな自分にはっと気付いて手塚も俯く。
周囲が雨の音だけになる。
「…すごい雨だな」
しばらくして手塚が口を開いた。
少女はその声に手塚の方を見上げる。
手塚は空を通りの方へ目を向けていた。
いとおしいものを見るような穏やかな表情。
手塚につられ、少女も通りの方を見た。
通りに人影は無い。
手塚の言う通り、雨脚は衰えることなく、壊れたシャワーのように降り続いていた。
「夕立でしょうからそのうち止むでしょうけど…」
小さく少女はそう言った。
少女の方をちらりと見て手塚は再び口を開いた。
「知っているか?」
「何をですか?」
少女は手塚の方を見上げる。
「ずっと昔、本当に大昔のことだ。地球に原始海洋ができるまで、雨は五千年も降り続いたらしい」
手塚は淡々と言葉を続ける。
「五千年、ですか?」
少女が驚いたように目を見開いているのが手塚には分かった。
「そうだ。すごいだろう。今は二千三年。仮に紀元後から降り始めたとしても、まだあの三千年も降り続く…想像を絶するな」
手塚はその途方もない時間のスケールに思いをはせているようだった。
少女は再び通りに目を向ける。
「それに比べたら、夕立は地球にとってはほんの一瞬の出来事なんでしょうね」
「そうだな」
再び2人は静かに通りの方を見つめていた。
カランと音がしてドアが開く。
2人はドアの方を振り返る。
「ちゃん」
店の人らしき人が顔を出した。
「あっおじさん」
というのが少女の名前らしい。
「これ、持ってきな。ほら、そっちの彼氏も」
そう言って2本の傘が差し出される。
「ありがとう、おじさん。じゃ、借りてくね」
そう言ってゆきは2本の傘を受け取りそのうち1本を手塚の方に差し出した。
手塚はなかなか受け取らない。
は先ほどと同じようにちょっと強引に傘を手塚に押し付けた。
「いや、しかし…」
困った表情をする手塚。
「返すのはいつでもいいから…ちゃんと学校同じなんだろう?ちゃんに渡してくれればいいから、じゃ、おれは店の方に戻るな」
そう言って店員は店に戻って行った。
「…」
「この分じゃもうしばらく雨や見ませんよ、きっと。借りていってくださいよ」
そう言って傘を差しながらにっこりと笑う。
「…すまん」
手塚はしばらく考えていたようだったが、そう言って傘をさした。
そして、ふと気付く。
「…お前、名前は?」
「あっ…2年5組のです。傘忙しくない時でいいですよ」
「あぁ」
そして、手塚とはそれぞれ反対の方向に歩き出した。
(Fin.)
反省文
手塚夢いかがだったでしょうか?
相変わらずスランプ状態です。
文を書く時のノリがいまいち…困ったものです。
ごめんなさい、ユキ様。
見捨てないで下さると嬉しいです。
今回シリアス甘甘チックっぽいかもかもです。
しばらく前に鎌倉の紫陽花寺に行ってきました。
雨の日だったんですけど、綺麗でした。
ちょうどシーズンだったので行列でしたが。
それで、雨をテーマに書きたいと思っていたのですが…。
こんな形になりました。
もし、よろしければこれからもよろしくお願いいたします。
本当、早くこのスランプ状態から脱せねば…と思う今日この頃です。
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