「あ〜…」
ようやく一巻書類――巻物をまとめ終わり、は椅子に座ったまま大きく伸びをした。
コキコキと首を鳴らす。
窓の外に視線を向けてふぅっと小さくため息をついた。
そしてくるっと椅子を回転させ、同じく巻物に向かっている同僚に声をかけた。
「せっかく天気いいのにこうして部屋の中にこもってるってのはいくら仕事とは言え不健康極まりないと思わないか?エビス」
「手が止まってますぞ」
エビスがの方を見ることなく言った。
その間もエビスは自分の目の前にある巻物をてきぱきと手際よく捌いている。
もちろん、そのスピードはがやるよりはるかに早い。
「エビスって本当こういう仕事早いよな〜。やっぱ頭の回転が早いからなのか?」
エビスの手元をじっと眺めていたが口を開く。
「君の言うことは論理が飛躍しすぎでいて分かりかねますな」
「巻物見て理解して考えて処理するってどんどんこなせるのって頭の回転がいいからだろ?」
「それは集中力の問題ではないですかな?…確かに頭の回転が君より早いであろうことは否定しませんが」
「そっかなぁ〜。やっぱ頭の回転だと思うけどな、俺は。ってか、仕事も適材適所ってのがあると思うんだよなぁ〜。やっぱ俺にはこういうのは向いてないと思う〜」
天井を眺めながらぐるぐると椅子を回す。
「文章の形式とかいまいちわかんないし…報告書のときも毎回苦労するんだよなぁ〜。受付で再提出くらってなかなか帰れねぇんだもん。あれされるとアカデミーの時の放課後の居残りされてるような気分にならねぇ?」
「…居残りなんぞしませんでしたからな」
「おっ優等生だね、エビス。あ〜外で思いっきり体動かしてぇ〜」
「…人手が足りないのですから仕方がないでしょう」
「あ〜もう。わかってるよ。デスクワークやってたやつらけっこう減っちゃったもんなぁ。レンジだろ?カイロだろ」
今回のことで石碑に刻まれることになった元・同僚の名前を挙げていくにエビスは一旦手を止め、とがめるように名前を呼んだ。
「君」
エビスはそれを止めるためにの名前を呼んだ。
しかし、はそれを止めることなく、名前を挙げ続ける。
「…デンチにカラシ。あ〜名前挙げるときりがないよな。俺は名前刻みきれなくなって新しく石碑が作られるかと思ったよ」
「…おしゃべりはそこまでにして手を動かしてくれませんかな」
「…自分だって今、手、止まってんじゃん」
は小さい声でぼそっと呟く。
それを聞いたエビスの眉がピクリと震えたを見て慌てて言葉をつむいだ。
「ちょっとは休ませてくれよ、エビス。俺、肉体労働専門の脳みそ筋肉だからこういう机に向かう仕事慣れてないんだよ」
ぱんっと両手を合わせ拝むようにエビスに頭を下げる。
「さっき休憩を取ったばかりでしょう。それに仕事なのだからどんなものでもきちんとこなさねばなりませんぞ。そんなんではいつまでたっても終わりませんからな」
エビスはくいっとサングラスの位置を直し再び巻物を裁き始めた。
「…でもさぁ〜」
「君、口より手を動かすべきではないのですかな?今ここにある巻物は今日中に終わらせねばならぬものばかりであること君はを当然分かっているのでしょう?」
の言葉を遮るようにして、エビスは先ほどより少し口調を強めて言った。
「…」
は恨めしげにエビスを睨んだが、エビスはやはりこちらに視線を向けることもなく淡々と自分の目の前にある巻物を捌いていく。
はもう一言何かエビスに言ってやろうと思ったが、彼の言うことももっともだ、と考えて口を噤む。
大きくため息をついて再び巻物に向き直った。
眉間にしわを寄せつつ手を動かす。
「 “仕事”多すぎ。働かせすぎ。任務長の事故ならともかく事務処理でストレスたまって過労死したら絶対化けて出てやる」
「…えり好みはよくありませんな。これも誰かが片付けなければならない“仕事”ですぞ」
「…分かってるってば。欲求不満で仕事が手につかなくならないよう程よく発散させてるだけだから。外で思いっきり体動かした〜い」
「…」
エビスは小さくため息をつき、次の巻物を手に取った。
「エビス、眉間にしわが濃くなってる。もしかして怒ってたりする?」
「…別に」
「そう…」
「えぇ」
「…」
「…」
ぺらぺらと巻物をめくる音以外、部屋の中の音が消えた。
火影崩しの後、里の忍びたちは多忙を極めていた。
木の葉の里は、火影崩しに酔って戦闘によって多くの働き手が失われ、さらに、外部からの常時の任務に加え、里の復旧作業、事務処理、被害を受けた一般人に対しての支援活動などをこなしていかなければならない。
働く人間が減り仕事が増えた。
忙しいことを理由にして、ついこのあいだまで一緒にいたはずの人間のことが頭の隅においやられていく。
「ついこの間まで受付で顔合わせてたやつらがいなくなったって言うのに仕事仕事。せっかく仲間の名前と顔が一致してきたっていうのにまたリセットか。生死紙一重な仕事だとはわかっちゃいたけどさ」
「…君」
「ごめん。やっぱ休憩ちょうだい。…ちょっとだけ」
立ち上がり俯いたまま部屋を出て行こうとする。
カッ。
はドアノブに手をかけた瞬間、高い音が部屋に響いた。
「…」
その場で固まる。
「君、手に持っている甘味処の割引券は何ですか?」
のすぐ後ろには冷たい空気を発するエビス。
「あはははは…」
冷や汗をかきつつ振り返り引きつった笑みを浮かべる。
「本当に君という人は」
エビスの額に青筋が浮かぶ。
「アハ、エビスってば起こっちゃやだぁ」
誤魔化そうと焦る。
「…休憩はなしです。さあさあ、今日中にこれ全部片付けますよ」
「えぇっそんなの無理だよ」
「やる気と集中力ですよ、君」
エビスはの首根っこを掴み席に座らせた。
「エビスのアホ〜鬼〜」
「はいはい。何でもいいですからとっとと片付けてください」
エビスはに新たな巻物をわたした。
「チェッ。あとちょっとで抜け出せそうだったのに」
はブツブツと文句を言いつつ巻物を解き、それに目を通し始める。
エビスも再び席に着き仕事を再開する。
「…なぁ、エビス」
巻物から視線を上げずはエビスに話しかける。
「休憩はなしですぞ」
エビスも視線を上げず答える。
「わかってる。そうじゃなくて、さぁ…」
「何です?」
「お前は何があっても死ぬなよ。こういう仕事してるときの俺を監視できるのってお前くらいなんだからお前がいなくなったら俺は一切こんな仕事しないからな」
の言葉にエビスの手がぴたりと止まった。
が、すぐに動きを再開した。
「…君こそ」
呟くような小さなエビスの答えにの口元に笑みが浮かんだ。
「あ〜ぁ、お団子食べに行きたいなぁ。とっとと終わらせようぜ」
が向かった机の上には巻物の山。
(Fin.)
2004.10.10.
■戻る■