「」
アンコがの元へやってきた。
先日の様子から少なくともしばらくはここには来ないだろう、と思っていたは少々戸惑ったが表向き笑顔を浮かべアンコを迎え入れた。
アンコはつかつかとの元へ歩み寄る。
「どう…」
したのですか?と訊ねようとしたの目の前にアンコは和風の包みを突き出した。
「お団子。あんたも食べるでしょ?」
アンコはベッド横の椅子に腰を下ろし包みを開けるとたくさん入った団子の1本をにさしだした。
「あ、あぁ、うん」
は戸惑いつつそれを受け取る。
アンコはをじっと見ている。
「あの、アンコ、さん?」
アンコの視線に気づきはアンコの方を見る。
ゲシッ。
「…グッ」
はアンコにげんこつを落とされた。
なぜそんなことをされたのか分からず、頭を押さえ無言で痛みに堪える。
「あんたはね、あたしに対してさんづけなんてしないの」
きっと睨みつけてくるアンコの目を驚いたように見返す。
「記憶なくしたって私はアンタに対して何か変えるつもりはないんだから。お団子だってしっかりおごってもらうからね」
「…おごる?」
「アンタ里を出る前に私のお団子奪って、帰ってきたら奢るって言ったのよ」
「はぁ…」
「記憶なくしてようがなんだろうが約束したんだから守ってもらうわ」
「…」
「嘘だと思うなら証人連れてきたっていいんだから。あの時人生色々にいたヤツならみんな聞いてたわ。あんたがあたしにお団子おごるって言ったこと」
むきになって一気にそうまくし立てるアンコにぷっとは吹き出した。
ベッドに突っ伏し、肩を震わせて笑う。
「何よっ!」
「いや…」
は笑いをこらえようとして、への字に口を結んだがまた噴き出した。
「ごめん…笑いが止まらないんだ」
アンコは小さく息を吐き出しベッド横の椅子に腰を下ろした。
そして、憮然とした顔でお腹を抱えひたすら笑い続けるを睨んでいる。
「あぁ、ようやく止まった。ごめんね、こんなに笑うつもりじゃなかったんだよアンコさん…じゃなくてアンコ、だったね」
ひとしきり笑った後は息を整えながらアンコの方を向き直った。
膨れているアンコには笑いすぎたか、と苦笑を漏らす。
「…」
はそのまま何も言わずに窓の外へと視線を向けた。
空高く鳶が飛んでいるのが見えた。
病室の中は静かだった。
は何も言わない。
アンコも何も言わない。
遠くで子どもの甲高い笑い声が聞こえた。
ふと、空気の振動を感じ、はアンコの方を振り返った。
アンコは俯いていた。
ぽつり、ぽつり、と膝の上で握り締められた拳にしずくが落ちている。
はアンコの頭に手を伸ばしかけたが、途中でそれを止め、手をベッドの上へと戻した。
「…アンタ、無事に帰ってくるって約束したのよ。何、記憶なくしてんのよぉ〜馬鹿…」
震えたアンコの声。
は何か言おうと口を開いたが、結局言葉にすることができず、再び口を噤んだ。
「何やってんのよぉ〜…」
嗚咽が次第に大きくなる。
はゆっくりとアンコの頭に手を伸ばし、今度は引っ込めることなく、その手でそっとアンコの頭を自分の方へと抱き寄せた。
「…ごめんね」
の小さな呟き。
それはとても小さかったけれど抱き寄せられたアンコの耳にはそれはしっかりと届く。
「ふぇ〜ん…」
は自分の胸元をギュッと掴んで泣き崩れるアンコの頭を優しく撫で続けた。
「ごめん…」
しばらくしてアンコは落ち着いたのか、そっとの胸を押した。
が心配そうにアンコの顔を覗き込もうとしたがアンコはの視線から逃れるように顔を背けた。
の顔が悲しげにゆがむ。
それからの顔は何やら思案顔に変わった。
「…アンコ、私はどうやらアンコのことが大好きらしい」
ぼつり、と発せられたの言葉。
そっぽを向いていたアンコがの方を振り向いた。
「アンコが泣くと辛い。何とか泣き止んでくれないか、とひどく心細い気持ちになる。ただ優しくしたいと思ったよ…たぶん、他の人だったらこんな風に思わない」
私は自分がさほど人に対して優しい人間でないということはわかっているから、と言葉を続けは、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「正直、色んなこと信じられないなぁ、って思ってたんだ…でも、この気持ちは信じてよさそうだ。これはきっと私の中に残っていたものだと思うから」
はアンコににっこりと笑った。
「だから…アンコだったら信じてみてもいい…信じたいって思ったから…だからアンコが教えてよ。色々なこと。記憶なくす前の私がどうだったのか」
「…」
アンコは椅子から立ち上がりに背を向けた。
「…私じゃなくて、俺」
アンコが小さな声で言う。
「ん?」
何のことかと首を傾げる。
「アンタ自分のこと私じゃなく俺って言ってたの」
顔をそらしたままぶっきらぼうにそういうアンコ。
「俺かぁ〜。俺、俺。うん、なんかこっちのほうがしっくりくるような気がするよ」
アンコの耳がかすかに赤いのに気づき、は口元に笑みを浮かべた。
20040214
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