取材という名の元の旅の途中。
殺気を感じて男はそちらに足を向けた。
「…賊か」
木の上から様子を伺う。
山賊らしき一団が商人の一団らしきを襲っている真っ最中。
「ほぉ」
その中で男は小柄な影に目を留めた。
子ども。
それは大人達の――刃の間をチョコチョコと器用に駆け抜けていた。
追い詰められそうになるたび、刃から逃れ切れられなくなりそうになるたびに砂や石を賊に投げつけ、何とか難を逃れる。
だが、多勢に無勢。
商人の一団は次々と土に横たわり、子どもは肩口を切り付けられ賊に追い詰められた。
「このガキ、手間かかせやがって」
先ほど砂を顔めがけて投げつけられたものだろう、目をこすりながら子どもに詰め寄る。
その肩は赤く染まり、立っているのもやっとという風で肩で息をしていた。
毒づく山賊を子どもはその小さな身体全身から敵意を出し、睨みつめる。
「五月蝿い、馬鹿」
身体に纏う敵意とはうらはらに、山賊に言い返した言葉は年相応で実に子どもじみたものだった。
べぇっと舌を出す子どもを見て男の口に笑みが浮かぶ。
「どぉれ、面倒だがちょいと手を貸してやるかな」
男はひょいっと木から飛び降り、子どもを背にかばうような形になるよう賊の中へ飛び込んだ。
勝負は一瞬。
男の手によってその場に立つ山賊の姿はなくなった。
何が起こったかわからず、呆然とその光景を眺める子ども。
くるっと男は子どもの方を振り返った。
子どもは男を見上げる。
「よぉ粘ったな、わっぱ」
男が子どもの頭を撫でようとした瞬間、子どもの身体は崩れ落ちた。
いい匂い。
そう言えばお腹空いた、かもなぁ。
暗かった視界に光が少しずつ入ってきた。
パチパチと火の音がする。
ゆっくりと目を開けた。
ぼやけた視界にまず入ったのは暗く影を含む葉の茂った木。
ひどく身体がだるい。
「おぉ目が覚めたか、わっぱ」
顔を動かすのも億劫だったので声の方に目線だけ向ける。
大柄の目つきが鋭い男が横にしゃがみこみ、こちらを見下ろしていた。
「おぬし、名は?」
「」
ぼんやりとした頭で口がそう動いた。
「うむ、意識はだいぶはっきりしとるようじだな」
その言葉に先ほどまで自分がいたはずの光景を思い出し、あわてて身体を起こそうとしたが力が入らずそうはできなかった。
代わりに男を睨みつけるようにして見上げた。
「…おじちゃん誰?」
「おじちゃん!?…全く命の恩人に向かって失礼なわっぱだな。…まあいい。教えてやろう。耳の穴をかっぽじってよく聞け」
一瞬顔を引きつらせ、ふふふ、と不気味な笑みを浮かべる大男。
「妙木山蝦蟇の精霊仙素人、通称・ガマ仙人とは、あっ、ワシのことじゃ」
立ち上がり片手片足を前に出しバッとポーズを決める。
「…」
あまりに非日常の光景には言葉を失う。
先ほど身体全体から放っていた警戒心も吹き飛ぶ。
ぐぅ〜。
盛大になったお腹の音。
ポーズを決めたまま固まる大男。
「…お腹空いた」
ぼそっとは呟いた。
「…」
大男――もとい、ガマ仙人は無言でを見下ろす。
はガマ仙人を見上げる。
ガマ仙人は大きくため息をついた。
「全く世話が焼けるわっぱだのォ」
ふぅっとため息をついた。
ガマ仙人はに背を向けると何やら作業を始める。
はその背中をじっと見つめる。
「ほれ、できたぞ」
しばらくして振り返ったガマ仙人が手にしているのは謎の液体。
の上体を起こし、それを口元へと運ぶ。
独特の臭いが鼻を突いた。
「何コレ?嫌だ」
それから必死に顔を背けようとする。
しかし、身体の自由がきかないため、あまり効果を得ていない。
「我儘言うでない。ほれ、飲まんか」
無理矢理口を開けられ、それを流し込まれた。
「ゴホッゲホッゴホッ」
「これ、吐き出すな。大人しく飲め」
息がある程度整ったのを見計らって再びそれを口の中に流し込まれた。
「…マズッ」
べぇっと舌を出す。
「我慢せい。身体がそんなじゃ食べ物を受け付けん。今飲んだのは兵糧丸を溶かしてちょいと一手間加えたやつだ。この程度ならそれを飲んどきゃ一晩で回復する」
「…ごはんは?」
「やってもいいがそんなんじゃすぐに吐き出すぞ。一応腹に入れたんだ。空腹はそれなりに治まっただろう?」
「…」
ぷいっとはガマ仙人から視線を外した。
それを見てガマ仙人は口元に苦笑を浮かべる
「今日は大人しく寝とれ」
の体をゆっくりと横にした。
火の方に向き直りぽいっと枝をくべる。
「…ねぇおじちゃん」
後ろから小さな声がかかった。
「…なんじゃ?」
振り返らず声だけ返す。
「あの、さ」
「だからなんじゃ?」
「…助けてくれてありがとう」
消え入りそうな小さな声。
ガマ仙人の手がぴくっと小さく震えた。
が、すぐに何事もなかったようにその手は火に枝をくべる。
「うむ」
しばらくどちらも言葉を発しない。
パチパチと火の音だけがしていた。
「…のぉ」
先に言葉を発したのはガマ仙人。
「ん?」
「お前、これからどうする?お前の親はもうおらんぞ」
に背を向けたまま尋ねる。
商人の一団はこの子ども以外はすでにこの世のものではない。
「そう、だねぇ…ん〜…寝る」
「なぬ!?」
ガマ仙人は予想しなかった言葉に振り返った。
親が死んだというのに、泣きもしない、弱音もはかない子ども。
くぅくぅと一定の呼吸音。
「全く困ったわっぱだな」
ガマ仙人は小さく肩をすくめ火の方に向き直った。
パチッと火が鳴った。
20040421